初恋
またきょとんとしている直ちゃんに、

「お母さんの希望もやけど、自分のことやねんから、
自分で決めたらええねんで。」と言った。

それから、少し打ち解けたように思えたのか、

「うちの子は浪人するって決めてかかって、高校生活は遊びたおすつもりらしいわ。」とため息をついた。

「ええ?先生、子どもおるの?」

あんまりびっくりして大声になってしまったので、
周りの生徒たちも吉崎のまわりに集まってきた。

「先生、独身ちゃうん?」「なに、いつの間に産んでたん?」と口々に聞く。

吉崎は、普段の厳しい先生の顔を崩して、
夫とは死別したことと、生徒と同い年の男の子がいることを話した。

「そやから、あんたらなんかわたしの子どもみたいなもんやで。」と
母親の顔になって言うもんだから、みんな、へえ、と妙な顔つきで先生を見ている。

「先生に似てる?」と女の子が聞くと、
吉崎は笑って、「がんこなとこだけが似てるわ。」と言った。

それからすぐに、ほら、座って座って、とまた先生の顔に戻って、
吉崎は補修を始めた。

夏休みの終わりごろ、直ちゃんは吉崎と二人で教室に座り、

早く家を出たいこと、早く自立がしたいこと、
大学ではなく、できれば専門学校に行って何か手に職をつけたいことを話した。

自分のやりたいことを考えて、しかもそれを人に話すなんて初めてだったから、
怒られやしないか、笑われはしないか、それが気になった。

もちろん吉崎は笑うことなんてせずに、
まじめな顔で話を聞いて、最後に、「ほんで、何かしたい仕事はあるんか?」とたずねた。

それを考えていなかったのはうかつだった。
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