センブンノサン[完]
あなたの弱さ
その日は1週間ぶりに千堂君とシフトが同じ日であった。
今日は月曜であまり混まない日なので、ホールは私と千堂君の二人だけだ。
おなじみの黒シャツの制服が恐ろしく似合う千堂君は、あの事件依頼私に鍋を運ばせてくれない。
彼が数々の女の子を勘違いさせているのは、こういう行動が原因なんだと思う。
「玉野もラストまでなんだ、何のためにそんな働いてんの?」
千堂君がいつも通りふてぶてしい表情で、ダスターを絞っていた私に話しかけた。
「ライブ行くためだよ、音楽好きなの」
「へえ、どんなの聞くの?」
おや、千堂君がこんな風に質問をして来るなんて珍しい。
「ロック系が多いよ……マイナー過ぎて多分言ってもわかんないと思うけど」
そう思いつつも、私は一通り好きなバンドをあげた。すると、千堂君は、ほう、と声を漏らして私が絞ったダスターを定位置に戻しながら口を開いた。というか、歌った。私が分かるはずないだろうと思って挙げた一番好きなバンドの一番好きな歌を。
たった1フレーズなのに、とてつもなく上手かった。
「えっ、知ってるの?!」
「ボーカルが叫ぶ時の擦り切れた声がいいよな。透明感のある声だから、脆い感じがなんとも言えない響き方してさ」
「分かる……」
このバンドを知ってる人に高校で初めて出会ったので、私は感動して震えてしまった。
正直嬉しくてめちゃくちゃはしゃいでしまいそうなのを、どうにか堪えている。
「千堂君もロック好きなんだね」
「まあバンド組んでるからな」
「……嘘だ」
「お、段々学んできたな。つまんねー」
「だって協調性のない千堂君がバンドなんて絶対無理だもん」
冷静にそう言うと、俺のことを良く知ってるなあ、というように彼はくっと喉を鳴らして笑った。
やけに今日はご機嫌なんだな。
私に質問してきたり、こんな風に無邪気に笑ったり。
「今日ラストまでだろ? 一緒に帰ろうぜ」
はあ、なるほどね。
こうやって誘われるのは確かに悪い気はしない。
こんな風に冷静になって対応しないと、私は勘違い女子の一人になりそうだったので、なるべく抑揚のない声で返事をした。