センブンノサン[完]
もっと他の話にって……なんだか大したことないみたいに流してるけど、私にしたらかなり大したエピソードなんですけど。
かといって、何が彼の地雷なのか分からないから、どこから質問したらいいのか分からない。
虐待って本当なの? タバコの痕が残ってるの? 今は大丈夫なの? どうして私を無視してたの? どうしてまた話しかける気になったの? 一体何を考えているの?
どこまで私は踏み込んでいいの?
「……言っとくけど、このタバコは超昔の痕だからな」
考えあぐねている私に、彼は耐えきれなくなったのか口火を切った。
「今は親父ボケちまってクソ高ぇ老人ホームいれられたし、あ、年すげぇ離れてるんだよ、親父と母親。まあ、あいつが残した財産で優雅に暮らしてるし、病んでますーみたいな状態じゃないからな」
そんなこと、私に話していいの。
ただの小リスに話していいの。
「俺が生まれた時には親父少し精神的にきてて、ちょっとしたことで爆発的に怒るみたいな、まあいわばヒステリーだったんだよ。で、俺にも徐々に暴力ふるうようになって、母親が俺を庇って、もっと酷い暴力されて、まあそんな感じ」
……ああ、だから、千堂君は人の痛みに弱いんだ。
『なんで俺のせいで、お前が傷つけられるんだよ……』
あの時の彼は、自分のために傷つく母を重ねて、私以上に痛い思いをしていたのだろうか。
鍋の火傷の時も過剰に反応していたのは、火傷という傷に対して嫌な思い出が沢山あるからだったのだろうか。
「親父は、適当にいい子ちゃん発言しとけば機嫌がよかった。100%ばれそうな嘘でも、機嫌がよかった。なんでこの処世術もっと早く身につけておかなかったんだろうって、幼い自分を悔やんだね。とりあえず親父は、俺も母親もいい子ちゃんしてれば気が済んだんだ。それからかな、あまり本心を言葉にすることに意味を感じなくなったのは」
まるで他人事のように、彼は最後まで話し終えた。
あまりにもな背景に私は言葉を無くしたが、彼もその反応は予想済みだったようで、とくに気まずそうな顔もしていない。むしろ恐ろしいほどいつもと同じだ。
何か言わなくちゃいけないのは分かってるのに、自分の語彙力の無さに情けなくなる。
ただ、ひとつだけ、気になることがある。
「ねえ、千堂君、どうしてこんなこと私に話してくれるの……?」
そう問うと、それは予想外のことだったのか、彼は瞳を揺らした。
それから、すっと突然立ち上がって、少し掠れた声で呟いた。
「玉野が言ったんだろ、そうやって隠すから知りたがる人が増えるんだって」
確かに言ったけど。
次の言葉を待っていると、彼は冷徹な瞳で私を見下ろした。