センブンノサン[完]
* * *
悲しいことに、奴が視界に入る場所は学校だけではない。そう、やつとはバイト先も同じなのだ。
「光基君今日20時入りのシメまでだってね、たまちゃんと一緒じゃん」
「明日突然禿げてくれないかな? あの人」
高校のわりと近くにあるお鍋メインの和食料理店で働いている間も、私の頭は千堂光基に対する怒りで沸騰している。
同じ高校に通うバイト仲間のユナは、お鍋のコンロのガスの余りを確認しながら笑った。
「たまちゃんは本当にしっかりしてるからね~」
たまちゃん、というのは慣れ親しんだあだ名で、私の本名は玉野ちよこだ。性格にそぐわず随分とかわいらしい名前をつけられたと思う。
空のガスを全て入れ替えたユナは、空のガスボンベを袋に詰めながら私の怒りを鎮火させるように話を続けた。
「まあ、分かるよ、たまちゃんは本当に光基くんと合わないんだろうなってことは」
「合わないよ、あんなチャラついた高田純次みたいなやつ」
「高田純次バカにすんなよ、俺の師匠だぞ」
「いや、高田純次は私も好きだけど私は単にー……」
そこまで言いかけて、背後から聞こえたのがユナの声でないことに気づいた。
黒シャツにボルドー色のサロンという同じ格好になった千堂君が、洗浄室に入ってきた。
「ユナもうあがっていいよ、今日はやく帰りたがってただろ」
腕を捲り上げてから、ユナが持っていた空のガスボンベが入った袋を千堂君がさりげなく受け取った。
「まじ!? 光基君神様! 今度合コン誘うねありがとう愛してるじゃあお先にー!」
人の好意にあんなに遠慮もせずに食いついて乗っかる人を初めて見た。
私は呆気にとられながら鍋を洗うためのスポンジを握りしめている。
悪口を聞かれた後に千堂君と2人っきりになるなんて、いつもの数億倍気まずい……。
空気の悪さに耐え切れずひたすら鍋を洗っていると、彼はじっと私の顔を見てきた。