センブンノサン[完]

彼はマスクをして、ゴホゴホと咳き込みながら私の隣にリュックを雑に置いた。久々に見た恐竜のキーホルダーと、紺色のダッフルコート。それから、アッシュブラウンのふわふわの髪の毛。

相当意識が朦朧としているのか、リュックをかけようとしても何度も的を外して、結局かけられなくて床に置いた。それからすぐに机に突っ伏した。

なんだかその弱り切った姿に胸がきゅっと苦しくなるのを感じて、私はすぐに視線を黒板に戻す。

まだ彼は隣が私だということに気づいていない。

気づかないで欲しい。

だってまだ、傷痕が残っているから。

千堂君のことを思うと、火傷みたいに、ヒリヒリと胸が痛む。
ぶっちゃけ春休みはまだ千堂君のことで頭がいっぱいだった。
だって、彼が好きだと気づいたのは、彼を突き放す言葉と同時だったから。

そりゃあもう、たった数週間じゃ気持ちに整理はつきませんよ。


千堂君はどうなの?
もう私のことなんて本当にどうでもよくなっちゃった?


心の中で弱り切ってる彼にテレパシーを送った。

……千堂君、あなたは、本当にズルいひとだよ。

あの時強気になって啖呵を切ったけど、全くスッキリしなかったし、むしろそれ以上にあなたという存在が濃くなってしまった。

もう火傷は完治したのに、あなたは胸の中から出ていってくれないんですけど。


「じゃあ、問2、玉野、答え何になった」

「あ、はい、えっと……」

やばい、ぼうっと考えごとをしてたせいで解いてなかった。

焦って教科書を読んだが、そんな数秒で解けるはずもなく……。

「おいおい、玉野ー、新学期早々先生悲しいよー」

素直に謝ろう、そう思ったその時、ガタッと隣の席が揺れた。

虚ろになった瞳で、千堂君がこちらを見ていた。

「玉野……?」

「え」

久々に名前を呼ばれて、一気に心拍数が上がる。

しかし、何をぼけているのか、千堂君は次の瞬間とんでもないことを言ってのけた。
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