センブンノサン[完]
「やっぱり合わないのかもな、俺たち」
「なんかカップルの別れ話みたいな言い方やめません?」
「玉野俺の顔見る度に目で死ねって言ってるもんな、最近」
全く傷ついてもいないけど、というように彼は抑揚のない声で言ってのけたので、それもまた腹が立って否定することをやめた。
黙って洗浄をしていたが、呼び鈴がなったのですぐに洗浄室から出た。
千堂君が俺が行くよ、と言ったけれど、私はそれを押し切ってオーダーを取りに向かった。
「鶏塩鍋二人前、追加でネギとえのきで」
「かしこまりました」
若い夫婦のオーダーを承り、私は伝票をキッチンに手渡した。
和のテイスト溢れる作りの店内だが、席数も動かせて融通がきき、かつ店内全席禁煙ということもあり家族連れがよく来る。
さっきオーダーを取った若い夫婦も4歳くらいのやんちゃそうな男の子を連れている。
さっきから店内を走り回っているので、何回かヒヤヒヤすることがあった。
私は予めガスコンロを卓上にセットし、お玉と取皿も用意した。
後は温まったお鍋の出汁が入った土鍋を運ぶだけだ。
私は男の子の位置を確認してから、両手でお鍋を持ち若いご夫婦の宅へ向かった。
「わっ」
が、しかし、突然男の子が椅子からおりて、私の足元を走って通り過ぎた。
大きな鍋をもっていて足元の視界が良好でなかったこともあり、男の子が近くにいることにすぐに気づけなかった。
急にストップするとまだ蓋を閉めていない土鍋の中のお出汁は大きく波を立てて簡単に溢れ出す。
子供にかかったら大変だ、と思った私は瞬時に判断して土鍋を抱えて子供とは逆方向に身を引いた。
熱湯、とまではいかないけれど、ほとんど熱湯に近い熱い出汁が上半身にかかった。
熱い、という感覚より先に、痛い、という感覚が走った。
ばしゃーっという水音が店内に響き渡り、そのことに驚いて男の子は泣き始めてしまった。
「ちょっと! うちの子に何してるの?! どこも熱くない? 大丈夫?」
「も、申し訳ございませんっ」