センブンノサン[完]

暖簾のすぐ手前で、お客さんが千堂君に対して「大変だったね」と同情しているのが聞こえた。

千堂君はそれに対して、少し笑いながら、「俺は全然大変じゃないですよ。大変なのは子供を庇って怪我した店員と、もしかしたら八つ当たりで悪評流されるかもしれないうちの店長ですから」と答えていた。

なんだ、それは。
待ってよ。さすがにその対応はズルいよ。

千堂君、浴びなくてもいい罵声を沢山私の代わりに浴びたのに、どうして大変じゃない、なんて、簡単に言えるの?

ズキズキと胸が痛む。熱いんだが冷たいんだが痛いんだがよく分からない。よく分からないよ。

胸元を氷で冷やしていたが、千堂君が中に入ってくる気配を感じて、私はさっとボタンを閉じた。しかし、彼は中に入ってくる様子はなく、暖簾から腕だけだし、おしぼりと私の私服を持って揺らした。

「お前今日は帰っていいって。さっさと着替えてこいよ」

私は暖簾まで近づき、荷物を受け取ろう手を伸ばした。

「あ、ありがとう……ごめん、今度必ずこの埋め合わせするね。私今度一人で〆やるから!」

「当たり前だ、10倍返しだ」

「分かってるよ、本当にごめんね」

暖簾から手だけが出てるから、千堂君の顔は見えない。見えなくてよかった。今、申し訳なさすぎて顔が見られないから。

「玉野は意外と繊細なんだな」

繊細も何も、血が通っている人間だったら普通今申し訳なさで全力で凹んでるよ。今の私みたいに。

「俺もね、消えない火傷の痕あるんだ。昔根性焼きされてさあー、あれは熱かったなあ」

「えっ!?」

「なーんて、ね。んなわけあるか。痕、残んないように、ちゃんとしろよ」

荷物を受け取った私は、なんだか千堂君に触れたくなってしまい、思わず手を伸ばしたが、千堂君の手は暖簾の奥に消えていってしまった。
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