あなたの一番大切な人(1)
 どの人間も飲み物を片手に乱暴な言葉を吐きながら、その状況を楽しんでいた。

 しかし、酒場の陽気な雰囲気とは裏腹に、何か冷ややかなものが根付いているような気持ち悪さもあった。

 陽気な笑い声とは裏腹に、なぜか作り物のような言葉にしにくい得体のしれなさがあった。

 誰もが酒を飲み満たされているが、飢えた獣がそのあたりを這いずり回っている、そんな気持ちの悪さだ。

 「なあ、おまえさんはこの街の人間か?」

 先ほどの無精ひげの男が再び声をかけてきた。

 彼は、ビールを飲みながら首を横に振った。いつも街に忍び込む時は、旅人のフリをすることにしていた。

 そのほうが、街の裏話も聞きやすかったし、一夜限りの関係とするにはむしろそのほうが都合がよかったからだ。
 
 入口の方で腕相撲をしていた二人が段ボールを投げ出し、一段と大きな声で騒ぎ出したため、国王は隣の男の話を聞き取ることに苦労した。

 無精ひげの男は、ここから数マイル離れた貧しい農家の男だったが、妻に先立たれて、一人息子も兵役にとられてしまい、孤独の毎日を過ごしていた、そうだ。

 毎日真面目に働き、家族を養うことだけを考えて生きてきたのだが、残された最後の肉親である息子からの便りでさえも得られない日々が続き、自分の人生を振り返るようになった、そうだ。

 そして寂しさを感じた時は、この店に立ち寄り、みんなでバカ騒ぎをし、現実を忘れて冷めない夢にいるような心地よさを感じている、と感慨深げに彼はひとしきりしゃべった。

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