水簾~刻の雨音~
命の叫び
背中に嫌な汗が流れる。
目の前には鰐蛇。
相当に腹が減っているはずだ。
こうなったのにもわけがある。
始まりは、かなり前にさかのぼる。
ガラガラガラカラッ!!!
夜、リトを抱きしめて眠っていると、ものすごい轟音がした。
驚いて飛び起きると、もうもうと砂煙が立ちこめていた。
暗い地下の岩戸であのような大きな音を出すことがあるとしたら、その原因は一つだ。
翠は急いで外に向かった。
そして、途中で立ち止まって絶句する。
「閉じこめられた…っ!!」
たったひとつの入り口は大量の土砂と岩によって見事に塞がれている。
土の状態から、この前の大雨の影響だろう。
いくら常人の数倍の脚力をもつ翠でもこれは壊せない。
「誰かっ!!誰か助けてっ!!!」
叫んでみるが、ちょうど二時間ほど前に人がいなくなった頃だろう。
当分誰も来ない。
翠は耳を澄ませた。
とりあえず、クローフィたちも寝ているようだ。
だとすれば、今はまだ安全か…。
恐いのは空腹の鰐蛇に喰われることだ。
ここには鰐蛇ぐらいしか人を喰らうクローフィはいないが、クローフィの頂点に君臨するのだから、他の人喰いクローフィがあと三匹いた方がましと言うものだろう。
翠はなるべく鰐蛇から遠いところに毛布を持って移動した。
そう。
そして今、空腹のあまりに鎖を壊して逃げ出した体長十メートルはあろうかという鰐蛇に狙われている。
翠の後ろには数十体のクローフィ。
どれも、病気だったり生まれたてだったり。
岩戸の奥はクローフィの療養所のようなものだ。
そして、この鰐蛇は凶暴すぎて他の村人には手に負えなかったため、岩戸の最奥に厳重に鎖をつけて飼っていたものだ。
その鎖を切ってしまったのだ。
相当に腹が減っているのだろう。
それもそうだ。
1日何も食べていないのだから。
それは翠も同じなのだが、とりあえず三日間飲まず食わずで眠りこけるくらいだ。
あまり問題はない。
翠はじりじりと後ずさる。
鰐蛇は翠から目を離さない。
翠も目を逸らさず、クローフィたちを逃がす。
と。
「グワァァァアアッ!!!」
鰐蛇が吠えて飛びかかってきた。
とっさに翠も音のないあの声で吠えて鰐蛇を硬直させる。
だが、ここまで気が立っていて大きい鰐蛇はそう長い時間固まっていてはくれない。
他のクローフィたちは遠くに逃げてはくれているが、翠とこの鰐蛇の攻防はしばらく続きそうだった。
「急げっ!!」
村長のかけ声に、男たちが岩をどけたり土を掘り起こしたりしている。
時間はもう夕方の五時。
実に発見から半日経っている。
琉斗は唇を噛みしめた。
中のクローフィの空腹はそろそろ限界だろう。
「おい、今奥から鰐蛇のうなり声がしたぞ。」
男の言葉に誰もが青くなった。
村長の手も震えている。
そして、次の瞬間だった。
「グワァァァアアッ!!!」
ものすごい轟音のような鰐蛇の吠え声が聞こえて、誰もが固まった。
「村長っ!やっぱりあの鰐蛇が逃げ出してます!!翠がっ…!!」
村長がさらに青くなりながらも言った。
「だとするとここを開けるのも危ない…。だが中には翠が…。」
琉斗は怒鳴った。
「そんなこと言ってる場合かよ!!翠が死んじまうんだぞ!!」
だが、一人が言い返した。
「だが、翠を救えばここの全員が死ぬかもしれない。つまり、最悪全滅ってことだ。村には女子どもしか残らない。」
村長も続ける。
「そうすればほぼ確実に全員あの鰐蛇に喰われる。クローフィたちもな…。」
それをきっかけに意見が飛び交い出す。
意味のない時間だけがただただすぎていった。
「───────っ!!」
もう喉が痛いくらいだ。
何回吠えたかわからない。
鰐蛇との攻防はまだ続いていた。
翠はじりじりと距離をつめる。
これ以上先に行かせれば、崩れおちた行き止まりだ。
おそらく今自分を救うべく働いているであろう男たちが危険になる。
意地でも通しはしない。
クローフィたちは自分の後ろで震えている。
行き止まりまでおよそ三十メートル。
翠は冷や汗を流しながら鰐蛇を睨む。
その黄色い瞳が蛍と重なる。
もっとも、蛍はもっときれいな金色であるが。
思い出した途端、どうしようもないほどの後悔がおそってきた。
(…こんなことなら言っておけばよかった…。)
何を?
いや、もう明確だ。
蛍が好きだ。
どうしようもないくらい。
それなのに自分は、こうして避けて、逃げて、傷つけて…。
もう体は限界だ。
たぶん、もう吠えても鰐蛇には効かない。
喉に負担のかかる技だ。
使えば使うほど喉が疲れて、技の効き目は薄くなる。
涙が滲んだ。
視界で鰐蛇の瞳が広がった。
翠は諦めたように腕を下ろした。
ゲームオーバーだ。
鰐蛇が吠えた。
そして、翠に向かって大きな口を開け…。
(…さよなら、みんな。どうか逃げて。お願いだから…。)
…翠に向かって大きく跳ねた。
翠は力の限り叫んだ。
「逃げてぇぇぇええええ!!!!」
目の前には鰐蛇。
相当に腹が減っているはずだ。
こうなったのにもわけがある。
始まりは、かなり前にさかのぼる。
ガラガラガラカラッ!!!
夜、リトを抱きしめて眠っていると、ものすごい轟音がした。
驚いて飛び起きると、もうもうと砂煙が立ちこめていた。
暗い地下の岩戸であのような大きな音を出すことがあるとしたら、その原因は一つだ。
翠は急いで外に向かった。
そして、途中で立ち止まって絶句する。
「閉じこめられた…っ!!」
たったひとつの入り口は大量の土砂と岩によって見事に塞がれている。
土の状態から、この前の大雨の影響だろう。
いくら常人の数倍の脚力をもつ翠でもこれは壊せない。
「誰かっ!!誰か助けてっ!!!」
叫んでみるが、ちょうど二時間ほど前に人がいなくなった頃だろう。
当分誰も来ない。
翠は耳を澄ませた。
とりあえず、クローフィたちも寝ているようだ。
だとすれば、今はまだ安全か…。
恐いのは空腹の鰐蛇に喰われることだ。
ここには鰐蛇ぐらいしか人を喰らうクローフィはいないが、クローフィの頂点に君臨するのだから、他の人喰いクローフィがあと三匹いた方がましと言うものだろう。
翠はなるべく鰐蛇から遠いところに毛布を持って移動した。
そう。
そして今、空腹のあまりに鎖を壊して逃げ出した体長十メートルはあろうかという鰐蛇に狙われている。
翠の後ろには数十体のクローフィ。
どれも、病気だったり生まれたてだったり。
岩戸の奥はクローフィの療養所のようなものだ。
そして、この鰐蛇は凶暴すぎて他の村人には手に負えなかったため、岩戸の最奥に厳重に鎖をつけて飼っていたものだ。
その鎖を切ってしまったのだ。
相当に腹が減っているのだろう。
それもそうだ。
1日何も食べていないのだから。
それは翠も同じなのだが、とりあえず三日間飲まず食わずで眠りこけるくらいだ。
あまり問題はない。
翠はじりじりと後ずさる。
鰐蛇は翠から目を離さない。
翠も目を逸らさず、クローフィたちを逃がす。
と。
「グワァァァアアッ!!!」
鰐蛇が吠えて飛びかかってきた。
とっさに翠も音のないあの声で吠えて鰐蛇を硬直させる。
だが、ここまで気が立っていて大きい鰐蛇はそう長い時間固まっていてはくれない。
他のクローフィたちは遠くに逃げてはくれているが、翠とこの鰐蛇の攻防はしばらく続きそうだった。
「急げっ!!」
村長のかけ声に、男たちが岩をどけたり土を掘り起こしたりしている。
時間はもう夕方の五時。
実に発見から半日経っている。
琉斗は唇を噛みしめた。
中のクローフィの空腹はそろそろ限界だろう。
「おい、今奥から鰐蛇のうなり声がしたぞ。」
男の言葉に誰もが青くなった。
村長の手も震えている。
そして、次の瞬間だった。
「グワァァァアアッ!!!」
ものすごい轟音のような鰐蛇の吠え声が聞こえて、誰もが固まった。
「村長っ!やっぱりあの鰐蛇が逃げ出してます!!翠がっ…!!」
村長がさらに青くなりながらも言った。
「だとするとここを開けるのも危ない…。だが中には翠が…。」
琉斗は怒鳴った。
「そんなこと言ってる場合かよ!!翠が死んじまうんだぞ!!」
だが、一人が言い返した。
「だが、翠を救えばここの全員が死ぬかもしれない。つまり、最悪全滅ってことだ。村には女子どもしか残らない。」
村長も続ける。
「そうすればほぼ確実に全員あの鰐蛇に喰われる。クローフィたちもな…。」
それをきっかけに意見が飛び交い出す。
意味のない時間だけがただただすぎていった。
「───────っ!!」
もう喉が痛いくらいだ。
何回吠えたかわからない。
鰐蛇との攻防はまだ続いていた。
翠はじりじりと距離をつめる。
これ以上先に行かせれば、崩れおちた行き止まりだ。
おそらく今自分を救うべく働いているであろう男たちが危険になる。
意地でも通しはしない。
クローフィたちは自分の後ろで震えている。
行き止まりまでおよそ三十メートル。
翠は冷や汗を流しながら鰐蛇を睨む。
その黄色い瞳が蛍と重なる。
もっとも、蛍はもっときれいな金色であるが。
思い出した途端、どうしようもないほどの後悔がおそってきた。
(…こんなことなら言っておけばよかった…。)
何を?
いや、もう明確だ。
蛍が好きだ。
どうしようもないくらい。
それなのに自分は、こうして避けて、逃げて、傷つけて…。
もう体は限界だ。
たぶん、もう吠えても鰐蛇には効かない。
喉に負担のかかる技だ。
使えば使うほど喉が疲れて、技の効き目は薄くなる。
涙が滲んだ。
視界で鰐蛇の瞳が広がった。
翠は諦めたように腕を下ろした。
ゲームオーバーだ。
鰐蛇が吠えた。
そして、翠に向かって大きな口を開け…。
(…さよなら、みんな。どうか逃げて。お願いだから…。)
…翠に向かって大きく跳ねた。
翠は力の限り叫んだ。
「逃げてぇぇぇええええ!!!!」