泡沫の少女
「鮎じゃないかい!春、塩焼きは好きかい?」

 ばあちゃんが目を輝かせている。

 春樹は口を開いた。

「…なぁ、ばあちゃん。この村の人の中に、外国人っている?」
  
 ばあちゃんが顔を上げる。

「…いないよ。」
 
 ばあちゃんが眉を寄せる。

「…あんた、あれに会ったのかい?」

「あれ」と呼ばれたものが指すのは多分…。

「桃色の瞳の女の子に会った。」

 春樹はあぐらをかきながら言う。

「春!お前、あれほど…!!」

「いたんだよ。あぜ道に。林檎落としたから届けたら届けた。それだけ。」

 ばあちゃんの顔が青白くなる。

「春!お前、あれに触れなかったろうね!?」

「え?」

 ばあちゃんはすごい剣幕で言った。

「あれはもはや人ではない。触れてしまったのかい!?」

「ちょ、ちょつとだけ…。」

 ばあちゃんが真っ青になった。

「こりゃ大変だ…。あれは存在していたかい?」

「はぁ?いなきゃ触れねぇだろ?」

 ばあちゃんはひとまず安心したように息をついた。

「…そうかい。安心したよ…。」

 春樹は身を乗り出した。

「ばあちゃん、どういうことなんだよ?あいつ、消えるとか何とか言ってさ。何が消えんの?ばあちゃんの言う『存在する事』と関係あんの?」

 ばあちゃんはため息をついた。

「そうさね、あんたには最初から話しておくべきだったよ。」

 そう言って顔を上げる。

「あれはね、神に見初められた女だよ。」

 春樹は眉をひそめた。

「どういうことだよ?」

 ばあちゃんが正座をして話し出した。
 
「神隠し…って知ってるかい?」

「人がいなくなるやつだろ?」

「そうさ。あれは、昔、神隠しにあった人間だ。」

 春樹は息をのむ。

「まさか…。」

「いや、本当さ。何年前だったか…。ばあちゃんがまだ若い頃、あれは山に消えた。まだ小さい子どもだったね。村人総出で探したけど、見つからなくてね。」

 ばあちゃんは思い出すように目を閉じた。

「で、11年前、つまりお前が4歳の時、あれは戻ってきた。行方不明になる前と全く変わらぬ姿でね。」

 春樹はゴクリと喉をならした。

「それからさ。あれは人に触れると色がなくなっていく。誰かに世話してもらう度に色が抜け、今ではああだ。」

 春樹は少女を思いだす。

 色が抜けると瞳は赤くなるのか。

「もう何年も人に触れていない。それどころか会ってもいないはずだ。人肌恋しくならないのかね。あんな年頃の娘が。」

 人肌さえ、知らないのかもしれない。

 だったら、なんて可哀想な人なんだろう?

「そもそも、あれが出てきたこと自体、本来おかしなことさ。春が言うならそうなんだろうけどね。」

 春樹は目を伏せた。

 なぜだろう?

 あの子を放っておいてはいけない。

 そう感じた。
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