夫婦ですが何か?Ⅱ
Side 千麻
息が上がる。
もつれる足に疲労がたまって、もう立ち止まりたいとも思うのに背後の追跡者の息遣いに走らされる。
叫んで助けを求めれば?
そう言われればそうなのかもしれない。
でも実際こうして追われれば分かる事実。
息苦しく叫べないのもあるけれど、叫ぶ力すら惜しいのだ。
叫ぶ暇や余裕があるなら逃げ切る力に回したいほど。
5階から出来る限りの全力疾走を階段でしてきた足は殆ど限界で、徐々に詰められる距離に心も焦る。
皮肉にも晴天の空覗く非常階段での追いかけっこは確実に自分に非情で体力ばかりを消耗していく。
後ろを振り返る間も惜しい。
でも今は3階から2階に降り立つほどの位置。
あと少しでこの身を外下に晒すことが可能で、それまでは走り切らなくてはとよろめきながら階段を踏みしめる。
それでも・・・。
気持ちと体は伴わない物。
こんな時に実感したくなかったというのに。
無理矢理走らせていた足が膝からガクンっと自分の意思関係なく沈んだはずみにバランスを崩して、何とか手すりにしがみついてバランスを保つ。
それに安堵した瞬間に、より危険な力に捕まり驚く間もなく重力に従い床に叩きつけられた。
運が良かったのはたった2段下。
運が悪かったのはコンクリートの踊場に背中から叩きつけられたこと。
体に受けた衝撃と全力疾走のツケ、呼吸困難も重なって完全に戦意喪失だ。
体がミシミシと痛くてさすがに表情が苦痛に歪み、ぼやけた視界に狂気的な男が見下ろしてきて静かにその手を首に巻きつける。
「俺は・・・・悪くない」
抵抗する力もない。
「お前のせいだっ」
声も・・・、息すらも・・・。
殺されるって・・・・こんななのか・・・。
茜・・・・、
「ーーーーーーーっ」
全ての音が遠巻きに聞こえる中で何かの音に反応して意識を必死に保つ。
いや、保てたのは男の手がその瞬間緩まって呼吸が出来たから。
その一瞬はめまぐるしく映像が切り替わったから何が起こったのか判断がつかず。
それでも解放された体が本能的に呼吸のしやすい態勢に身を捩って咳き込んだ。
全力で据えるだけの酸素を吸って痛みが走る体を無理矢理震えながら起こして一瞬の回想。