夫婦ですが何か?Ⅱ




全てを諦めかけた瞬間に遠くで男の意識を引くような叫び声がして、視界が陰ったかと思ったら跨っていた男が横に吹っ飛ばされたんだ。


確かそんな記憶だ。と混乱しながら思い、確かめるように起き上がろうとしてすぐに崩れ落ちる。


そんな私の視界の前に光を遮るように立った姿の足元を捉え、確認しようと頭を動かそうとしたのに節々が痛んで叶わない。


でも、


でも、確認しなくても分かるの。


それでも・・・確認したくて、



「もう大丈夫だから無理しないで、」



響いた私に優しい声とこめかみに触れ優しく頭を包み込んだ掌の感触。


顔は見れなくても嫌って程声で・・・手の感触で分かる。


ようやく安堵した感情から心が怯んで涙が零れて、それを拭うかのようにその目を覆った手の感触に口の端を上げる。



「・・・・・・茜・・・」



ああ、やはり。


さっき私に跨るあの男を背後から蹴り倒したのはあなたでしたか。


『後ろからなんて卑怯』


そんな事言いません。


『頭を蹴ったらさすがに危険です』


そんな事も・・・、


むしろ、いい気味で・・・すっきりする。


自分に代わって制裁を与えてくれた瞬間に非難などなく感謝すらしてしまう。


そうして与えられた自分への労わりに染まって浸ってぼんやりとしていたけれど、彼の指の隙間から捉えた景色から慌てた感じに逃げ出す男を捉え急いで指さし彼に示す。


『捕まえて』


そう言う意味での表示で。


その表示に気がつき振り返ったらしい彼が舌打ちし、私の頭を一撫ですると、



「任せて、」


ええ、捕まえてくださーー、


「ぶっ殺してやる・・・・」



耳に残されたのは間違う事なき彼の声音。


でも私が滅多に聞くことのない戦慄の。


ゾッとするくらい本気の殺意感じる言葉にさすがに反射的に頭を上げた瞬間には風を切って男を追った後ろ姿で。


その姿からも分かる。


彼も相当怒りに染まって冷静でないと。


彼は今でこそそれらしい事はしていないけれど武術的な事に長けていると聞いた事がある。


例え運動能力は若いころより落ちていると言っても、冷静さ皆無の今容赦なく相手に力を振るう事になる筈。


それは私と同じほど疲労積み重なっている筈のあの男にしてみれば大人と子供ほど差が歴然で。


下手したら彼が言ったようにあの男を殺しかねない。






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