夫婦ですが何か?Ⅱ




いけない。と、微々たる間に僅かにも回復した力を振り絞ってその身を起こす。


じわじわと痛む体に眉根を寄せ目を細めながら手すりを掴んで立ち上がれば、下の階で鈍い音の後に捕まったらしい男の許しを請う声に弾かれる。


もう動く力は一切ないと思ったのに、人間のその瞬間の本能は凄いと思う。


手すりに助けられながら必死にふらつく足で階段を駆け下りれば。


一階半程下の踊場の壁に寄りかかるように身を縮こまらせ必死にその身を守るように手で防御する男の姿と、その姿を見下ろし今まさに男の頭の横の壁を蹴りあげた彼の後ろ姿。


もうすでに殴られたか蹴られたかした男の攻撃性はなく、ただ自分に危害をなす彼の姿に必死に懇願。


哀れな姿。


まさに自分がついさっきまで彼の様な位置で私に危害を加えていたというのに。



「・・・っ・・すみ・・ません。・・許してください、許して・・ください・・・」


「・・・・」


「許してください・・・、許して・・・、お、俺のせいじゃな・・・彼女が・・・」



謝罪の中に再び入りこんだ被害妄想。


こうなってもまだ被害妄想健在のセリフを吐けるのか。と呆れもした瞬間。



「・・・はぁ?」



静かに首を傾げた彼がたった一言放った嘲笑交じりの声に鳥肌が立って、ほぼ同時に鈍い音と共に男が横に倒れ込んだ。


思わず口元押さえて驚愕で不動になる。


壁につけていた足をそっと離したかと思えば次の瞬間には男の逆側に移動し、かかとが男の顔に面するように思いっきり後ろに振り切ったのだ。


そして何が一番恐怖を感じたか・・・。


何事もなかったかのような無表情で倒れ込んで口から血を流す男を見下ろす彼に。


キレてる・・・。



「気安くさぁ・・・・俺の千麻を『彼女』とか言わないでよね?

・・・・・ってか、・・・・傷つけてんじゃねぇよ、」



決して怒鳴っての一言じゃない。


酷く静かに低く告げられた憎悪の言葉。


普通であるなら、冷静であるならこれ以上の一言は自分の身を亡ぼすと警戒心すら働きそうな響きなのに。


その気迫に見事飲まれたくせに、馬鹿で引き際の分からない男程負け惜しみにも言葉を弾く。



「・・っ・・・あの女っ・・あの女が悪いんだっ!!」



男の声が響いた直後に動いたのは2人。


完全に怒りに染まっている彼が近くに落ちていた空き瓶を握ると勢い任せに男に振りかざし。


ほぼ同時に階段半ばまで駆け下り叫んだ私。




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