夫婦ですが何か?Ⅱ
彼の血を見て一瞬で激情して。
偉そうに彼を抑制しておきながら自制心は保てなかった。
許せない、許せない、許せない!!
目に見えてすぐ傍に倒れている男の首を絞めてやりたいくらいに。
そうやって手を伸ばすのに一向に届かない距離と自分を押さえにかかる背後からの力。
煩いっ、
邪魔っ、
離してっ、
「許さないっーーー」
感情的にどこか悲鳴にも似た声が響いたと思った。
客観的にそう聞こえた。
自分が発した声であったというのに。
煩わしいものばかりだ。
私を押さえつける存在は然り。
この、頬の生温い感触も。
「ーーーちゃん」
何故か霞む自分の視界も。
「千ーーちゃーー」
私に必死に何か言葉を向けるーーー
「千麻ーーん」
後ろの存在・・・
「千麻ちゃん!!」
も・・・。
不意に視界が遮られ、パッとその目を暗転させられれば耳に明確になった自分への呼びかけ。
自分の名前を大きく焦ったように響かされ、それを頭に反響させていればその声の主の荒い呼吸も耳に鮮明に響く。
私が不動になった事で緩々と拘束が緩まっていくのを感じ、一瞬自分が何をしていたんだろう?という感覚まで落ち込み始めた瞬間。
「千麻ちゃん・・・・大丈夫だから。
・・・・・・俺は、大丈夫。・・・・ちゃんと傍にいるから、」
安堵を与えるように優しく吹き込まれた声。
慰めるように、宥めるように。
私の目を覆った手の下で数回瞬きし、最後にゆっくり目蓋を下せば静かに涙が零れ落ちていく。
ああ、そうか、
さっき生温いと思った物も同じ成分の液体。
あの瞬間、
私は・・・・言い様のない恐怖を怒りの元にしていたんだ。
恐かった・・・。
恐かった・・・・。
「こわ・・・・かった・・・・」
「・・・うん、・・・・・大丈夫・・・・・」
全て悟ったような口調の言葉と同時に今度は柔らかい力で後ろから抱きしめられ、恐い思いをした子供のような泣き顔に崩れていく。
恐かったのだ・・・。
自分が襲われた事が?
勿論それも。
だけど、そんな恐怖など小さな物だったと感じるほど・・・。
彼の血がコンクリートに滴る光景と苦痛に染まる彼の姿に、自分に狂気を向けられる以上に恐怖し絶望しそうになった。