夫婦ですが何か?Ⅱ
沈んでいくけれど別の場所に浮上するような感覚。
そんな事を頭で思った直後に、耳からでなく直接頭に響いているような声で呼ばれる。
ああ、きっと・・・
『副社長・・・』
やっぱり・・・こっちの千麻ちゃんだ。
『副社長、』
今じゃ・・・その呼び方の方が違和感だよ、千麻ちゃん。
フッと口元が笑ったのを自分で感じ、ゆっくり目蓋を開けば捉えるのは薄暗い車の中の様子。
でもその振動は止まっていて、窓の外は何故か景色のない暗闇。
すぐに逆側に視線走らせればさっきと同様の彼女がこちらを覗き込んで確かめるような視線を走らせている。
「ご自宅につきました、」
言われて再度窓の外を確認すればさっきまで闇夜ばかりだったそこに記憶に刻まれているマンションの外観が再現され、言葉一つで再現されるこの世界はやはり自分の都合のいい夢の世界なのだと認識。
夢の中でこれは夢だと理解してもそう簡単に醒めないものである事も重々承知。
ならあらがう事なく・・・だ。
そうどこか諦めて息を吐くと、すぐに悪寒で体が震える。
どんなに都合良しな夢の世界でも実際に体を蝕んでいる高熱だけは誤魔化せないらしい。
いや、違う?
これは記憶の回想でもあるんだ。
過去にこうやって熱を出した時の記憶。
確かにこんな風に彼女につき添ってもらって帰宅して・・・、
そうだ・・・そう・・・、
「歩けますか?僭越ながら部屋までつき添いましょうか?」
確か彼女がこんな事を言った。
そう回想すればその様に言葉を発する彼女に無言で微笑む。
言葉を述べずとも俺が思ってしまえばその様に事が運んでしまう世界だ。
無言の反応でも俺が提案に乗ったと判断した彼女が先に車を降りると俺側の扉に周る。
そしてガチャリと扉が開くと俺に手を差し伸べる姿に手を伸ばし、やはり怠い体を無理矢理動かした。
ぼんやりと明確でないマンションのフロアを歩いて行って、微かに記憶する彼女の行動を再現させエレベーターに乗り込んで。
浮遊感のない小さな箱の浮上を数字の上昇だけで理解する。
瞬きをするごとにぎこちなく時が進むのは夢特有。
歩いているのに靴音もしない不思議さなのに、体を支えている彼女だけは嫌にリアルだから困ってしまう。
それだけ、細部に至るまで彼女の事だけは明確に記憶している。
どれだけ・・・・俺は彼女が好きなんだろう。