夫婦ですが何か?Ⅱ
嗅覚が働き、それに懐かしいと微笑むのは現在の意識の俺。
そう・・・これ。
これの事だよ・・・千麻ちゃん。
欲していた物の匂いを確かめるように目蓋を閉じ、次に開けた視界にはぼやけた部屋の天井が映る。
はて、これは夢か現か。
瞬時には判断のつきにくい状況に答えるように響く自分を呼ぶ声。
「副社長?」
ああ、夢のほうだ・・・。
呼び名で判断し視線を声の方へ動かせば、捉えた姿に馬鹿正直にドキリとした。
そう・・・、
過去の自分も少しばかりはその心臓が跳ねた筈。
これは記憶に残っている姿。
湿り気帯び軽く束になっている髪と俺の物であるシャツに身を包む秘書解除の彼女。
泊まりこむことを決めた時に確か入浴の許可を取っていて、俺の服も適当に貸したような会話も記憶にある。
まさにその直後と言えるのだろう。
扇情的で、芸術的で、触れてはいけないような自然の美を感じる姿に体の不調も忘れるほどの衝撃を得たのを思いだした。
美人だとは勿論認識していた。
でも、再確認した瞬間。
恋心なくしても心惹かれた自分がいたと今思いだした。
「・・・・・眠っておられましたか?すみません・・・先程寒気がすると言っておられたので飲み物を用意したのですが、」
「ああ・・・・うん・・・うん、飲む・・・」
どこか定まらない意識でとりあえず返事を響かせて、その返答に彼女が用意してきたカップを俺に差し出しそっと受け取る。
湯気の立つ中身。
同時に柔らかくほのかに甘いような。
覗き込めば白い液体は牛乳だと判断がつく。
でもそれだけでない香りに記憶する味を回想してワクワクとカップに口をつけた。
さすが千麻ちゃん。
熱すぎない中身は抵抗することもなくごくりと飲めて、口に含んだ瞬間に鮮明に記憶している味が広がって力が抜ける。
ほのかに甘い。
でも何かスパイス的な物が入っているらしい香りと、飲んだ直後にじわじわと体を熱くする何か。
これだよ。
忘れてたけど・・・・思いだせば鮮明なコレ。
これが・・・・飲みたかった。
コレに何が入っていたかとか、全然この時は会話していなくて。
会話出来るほど俺が平常でなかったとも言える。