夫婦ですが何か?Ⅱ
稀に見る彼女の姿に馬鹿みたいに欲情。
今すぐにでも押し倒してしまいたい衝動は、腕の中の愛娘と隣から響く引っ越し作業の音で何とか留まる。
ああ、でも・・・・絶対に夜はがっつり行こう。
そんな馬鹿な決意を心の内でして小さく頷くと、腕に抱えていた翠姫を彼女に渡してその身を動かす。
向けた背中にすぐに追いかける彼女の声。
「い、行くんですか?」
軽く動揺している声音に小さく笑うと、その表情のまま首だけ捻って視線を絡ませる。
どうもソワソワとしている彼女の心情を言い当てれば・・・。
多分、さっきの逆パターン。
彼に今の自分を見られたくないのなら、俺には過去の自分の姿を知られるのがどこか落ち着かないんだろう。
でもさ、そんな態度取られちゃうと逆に気になっちゃうよ?
千麻ちゃんが言うところの乙女心全開の過去の姿はどうだったのか。
「・・・・行きますよ?無断レンタルされた身ですから」
「っ・・・数時間前の自分を呪います」
言い返せないであろう理由を口に悪戯に笑って見せれば、悔しそうに眉根を寄せた彼女の完敗の表示。
そんな姿を一笑すると雑に脱ぎすてていた靴を履いてその身を出した。
背後でパタリと閉まる扉。
その音を聞き入れてから振り返り、中で未だに困惑しているであろう彼女を見透かすように見つめて失笑。
そして痒くもない頭を一掻きしてようやくのそりとエレベーターホールに歩きだすと。
「せ、・・茜君」
不意に遠慮がちに呼ばれた声に今程通り過ぎた道を振り返り視線が絡む。
あれ?なんかさっき似たような場面に遭遇したなぁ。
そんなデジャブの様な感覚で声の主を見つめてしまう。
絡んだ視線はもう一人の渦中の人間、拓篤さん。
デジャブに感じたのは何故か隣室の扉を10センチほど開いた隙間から遠慮がちに俺を呼び止めた姿に。
ついさっき・・・我が奥様も似たような状況だったと思わず苦笑いを浮かべていると。
「あ、あの・・・千麻・・さん。・・・・大丈夫だった?」
「・・・・別に『さん』づけしなくてもいいですよ?今更呼び方も変えにくいでしょう?」
「で、でも・・・よそ様の奥様に馴れ馴れしい呼び方は・・・、色々と複雑な関係だし?」
そう言った拓篤さんが申し訳なさそうに、・・・気まずそうに視線を逸らしたのを見て痛感。
だから・・・良い人すぎるって。