夫婦ですが何か?Ⅱ
彼よりも早く靴べらを取ろうと手を伸ばした。
そんな瞬間にスッと手首に絡んだ彼の指先と、すぐにその身にかかる彼の強すぎない力。
トンと背中が壁に触れ押し付けられ、ようやく絡んだその目は悪戯に揺れる緑。
耳の近くでクスリと笑った声が響いた直後には首筋に熱が落とされ。
「っ・・・」
チクリ・・・。
痛くない痛み。
独占欲の象徴を久しぶりに明確な位置に刻まれたと感じた。
少女漫画の女子高生じゃあるまいし、こんなあからさまな位置にキスマークつけてる女は滅多に見かけないのに。
しかも30越えた女がつけている個所じゃない。
自分の悲しい実年齢の嘆きもプラスした非難で今程の行為に物申す眼差しで見上げれば、悪びれずに実に楽し気な夫の姿が覗き込んできていて。
「・・・・何してくれてるんですか?」
「ん?名前書いただけぇ。『コレ、俺のです』って・・・間違って持っていかれないように?」
「私の年齢と羞恥心も考慮して記入してほしかったです」
「そう?じゃあ、今度は少し目立たない感じにつけ直そうか?」
「仕事に行けっ!!」
「あはははは、」
もう馬鹿な真似するな。と力任せにその体を押し返せば耳に響く高らかで楽し気な彼の笑い声。
こっちはちっとも愉快じゃないというのに微塵も伝わっていない姿に腕を組んで不愉快の表示。
そんな私でさえ笑いの対象なのかチラリと確認ししつこくクスリと笑いながら靴を履く姿。
クソッ、この背中を蹴り飛ばしても許される気がする。
そんな暴力的な思考で暴走しそうな自分を必死に制御している間に、靴を履いた彼がくるりとこちらを振り返ってニッと微笑む。
「本当に、相手が拓篤さんだから俺寛大だけど・・・。
一瞬でも浮気だと断定できるような事あったら許さないよ?」
「・・・・・どう許さないおつもりで?」
「・・・・・久しぶりに大道寺の力使っちゃったり?・・・拓篤さんに」
「・・・・・・・・重々注意いたします。あなたのその分野のものさしは短すぎるので厳重に」
「じゃあ・・・元彼とのデート楽しんでおいで。・・・・奥様」
「・・・・いってらっしゃいませ」
言い訳なく言葉を返したのは暗に『さっさと行け!』の悪意。
それを理解しきっている彼は不愉快を示すでもなく、どこか勝ち誇ったようにニッと口の端をあげると玄関扉から颯爽と出勤。