夫婦ですが何か?Ⅱ
頭を下げられる場面ではない。
むしろ自分の不甲斐ない事この上ないと思う。
寝坊して、雑な姿で飛びこんだリビングには身支度終えスーツ姿の彼とラフではあるけれど私服に着替え髪も化粧も程々に終えている紅さん。
そして今も漂うおいしそうな香りのスープを作り上げたのも彼女。
呆然としつつも自分の雑な姿に今更意識が走って。
多分寝癖もついているだろう髪に手櫛を通して取り繕う。
何だろう・・・少しだけ・・・惨めになるこの感覚。
いつもであるならこんな失態なく妻としての役目を果たしているのだ。
いつもこうじゃない。
そんな言い訳が自分の中で巡って、ざわりと心の奥が風に吹かれた木々のようにざわめいた気がした。
「千麻ちゃんも貰ったら?紅ちゃんの作るスープ美味しいんだよ、」
「・・・母さんの作るのには及ばない」
「そう?俺は紅ちゃんの作るやつの方が馴染みあるからなぁ」
あっ・・・、
ああ、
ああ、ああ、・・・そうか・・・そうですね。
そうだったんですね。
そうだ・・・・やっと繋がった。
記憶と繋がってしまったそれが気持ちの悪い風のように心のざわめきを強めたと思う。
今日こそはこんな感情抱かずに自信を持って行動しようと思っていたのに。
そうしたいと、馬鹿な優越感に浸ってありたかったと今も思うのに。
私の入れぬ時間からの話題に合わせるように口の端だけを上げて、【愛想笑い】も程々にふらりとキッチンに入り込むと鍋を覗く。
見た瞬間に『美味しそう』と脳によぎる。
そしてその感想に苛立った自分に自己嫌悪で苛立って。
醜悪・・・。
美味しくなければいいのに。
そう思いながらカップにスープを注ぐ自分が本当に嫌な女で。
飲むのに躊躇って口の近くでカップを留め、不動になっている耳に入りこむのは楽し気な会話。
「本当、紅ちゃんって普段発揮しないけど器用だよねぇ。料理も得意だし・・・翠姫も良かったなぁ。髪の毛可愛くしてもらって」
話題に加わった娘の姿を確かめるように視線を動かせば、短い髪を器用に編みこんである可愛らしい髪型。
彼が抱え上げると近くにいた彼女に笑顔で手を伸ばす愛娘の姿にチクリと胸の奥が痛んで。
その痛みを誤魔化すように口元のカップに口づけ、躊躇っていた中身を口に含んだ。