夫婦ですが何か?Ⅱ
鎮静ではなく・・・粉砕。
音も立てない塵のように一瞬で打ち砕かれた葛藤。
叫んだ彼は多分勢いで、言い終わってすぐに冷静さが回帰し『しまった』とばかりに声を響かせたのだろう。
そして感じる。
扉の向こうで酷く焦っているであろう彼の姿を。
「っーーちょーっと・・・あの・・今の無し。いや、あのね・・・無しじゃなくてもいいんだけど・・・その、『好き』って言ってもそうじゃないっていうか・・・・」
「・・・・」
言わんとしている事はわかった。
誤解される様な恋愛感情からのそれでない!と、焦りながら釈明しているのだろう。
ぼんやりと、一度真っ白になった頭でそんな事を思って薄暗いクローゼットの中をその目に映して。
何をしているんだろう?
不意に葛藤の消えた頭でその言葉が反響した。
「っ・・・千麻・・・ちゃん?ねぇ、大丈夫?」
「・・・・」
ああ、苛立つ感情さえ粉砕。
もう面倒だと・・・。
ふらりと立ち上がり寄りかかっていた扉の鍵を何の躊躇いもなく解錠して。
溜める事もなく普通に扉をあければ困惑した彼の姿と対峙した。
動揺と焦りと、
定まらないグリーンアイが私の反応を求めて見下ろして。
その眼差しに焦りも怯みもしない。
苦しくもならない。
そう、あの瞬間に・・・感情的に【妻】をする事に疲れたのだ。
そうして今存在する私は多分、
「千麻ちゃーーー」
「お仕事、」
「・・・はっ?」
「お仕事の時間です」
まっすぐに見つめてようやく震えのなくなった声で告げたのはタイムラインの確認。
言われた彼が一瞬腕時計を確認し、でもすぐに時間よりも気になった私に視線を戻して。
「千麻・・・ちゃん?」
「はい、何でしょうか?」
「えっと・・・、」
「・・・あの、」
「っ・・・はい、」
「遅れますよ。それにお客様である紅さんを放置しすぎですね。コーヒーくらいはお出ししなければ・・・好きな飲み方などありますかね?」
「っ・・ちょっ、・・千麻ちゃん!」
淡々と思いついたままに言葉を弾いて、それでも現状で優先すべき事を順にまとめたと思う。
時計にチラリと視線走らせ、頭の中でタイムラインを組んで。
その通りに動きだせばすかさず彼の指先が絡みついてその場に留め。
でも、憤るでも焦るでもなく振り返れば、対象的に焦って私を覗きこむ彼の姿。