夫婦ですが何か?Ⅱ
目的地は同じ。
翠姫が寝ているのが寝室であるなら、彼が目的とするのも寝室内にあるクローゼットなのだ。
先に動き出した彼をすぐに追い抜き寝室に入りこむと、ベビーベッドの中で立ち上がって泣いている翠姫に近寄り抱き上げる。
その腕に抱き上げれば程よく不満収まり私の髪で遊ぶ幼い姿。
羨ましくも彼の遺伝で輝くグリーンアイは純粋すぎて何よりも価値が高くも感じる。
見事見慣れている緑に視線を奪われていれば、スッと横から伸びた手が翠姫の頭をくしゃりと撫でてふわりと微々たる風を巻き起こして横を抜けていった。
その姿を捉えるべく顔を上げれば捉えたのは後ろ姿。
翠姫を名残惜しく振り返っていた顔を瞬間的に捉えることが出来思わず口の端が上がった。
彼が、【重役】でもなく、【夫】でもない表情をする瞬間。
【父親】を垣間見せる些細な瞬間。
馬鹿みたい?
そして過去の私はこんな私を見たら呆れた眼差しを送るか、心底驚愕するのだろう。
言い様のない・・・心穏やかな安堵の幸福を得る瞬間。
彼と夫婦であり、翠姫の親である事を実感する些細な瞬間の一つ一つが、彼と目指していた過去の【高み】より何よりも大きくて貴重でかけがえのない物。
夫婦である事に幸福を感じる瞬間なのだ。
困った・・・。
『愛してる』
そんな安っぽい映画の様な言葉が簡単に浮上する自分に。
【重役】な彼も、【夫】な彼も・・・好き。
でも・・・・【父親】である彼は・・・・深く強く愛情が浮上。
そんな私の感情なんて知る由もなく、クローゼット内で今日も出来る男を披露すべく身支度する男。
シュッと小さく響くネクタイの長さを合わせる音も心地いい。
そんな事を思いながら翠姫を抱えたままクローゼットを覗き込みドア枠に寄りかかると彼の後ろ姿をじっと見つめた。
すでに完成しつつある【重役】の色濃い姿は魅力的だと思う。
きっと今でもあのフロアを颯爽と抜ければ女子社員の視線を集めているのでしょうね。
羨望の・・・。
用意に予測も想像もつくその場面を思い浮かべながら支度する彼の背中を見つめていれば、気配に気がついたらしい彼がフッと振り返ってクスリと笑う。
「何?・・・おっとこ前な旦那様に惚れ直してた?」
「いえ・・・・、見た目ばかり一丁前になったな。・・と、」
「大人の魅力増した俺に不安が募ってる?・・・ますます女の子の視線集めてるんじゃないかって」
「・・・実際集めているでしょう?予想せずとも・・・実際に捉えずとも理解しておりますが」
「フフッ、妬いていいよ~」
「何を馬鹿な・・・、」
呆れた。
そんな風に目を細めると背中を向けてクローゼットを後にする。