夫婦ですが何か?Ⅱ





数字の点灯が1階まで降りた。


それを確認すると静かにその足を戻していって、無意識に歩いてその手に掴んだのは自室のドアで。


こんな瞬間の帰巣本能に小さく噴き出してしまう。


無意識に足が選ぶ。


ここが家だと。


自分の居場所なんだって。


でも、そう言えば鍵を持っていなかった。と、今更な意識が戻って。


それでも半信半疑で扉を引けば、何の抵抗もなく開いた扉に軽く呆ける。



「不用心」



今ここにいない彼にそんな言葉で詰ってみても、彼の意図は分かっているのだ。


だからこそすぐに眉尻下げて口元に弧を描いて、更に扉を開いて中に入る。


シンッと静かな自宅の空気。


明かりも窓から入る日光だけの淡い物で、届きにくい玄関は薄暗い。


それでも、上がり口に置かれたメモを捉えるくらいは容易で。




【おかえりハニー】




そんな一言の紙にジワリと胸が熱くなった自分は滑稽か。


だって、


理解していたんだ。


不用心な開錠とそれに繋がるこのメモも。


いつだって自由に出入り出来る場所で、いつでも私の帰る場所だと言いたいんでしょ?


その意図を汲むようにメモを拾い上げて、ゆっくりとその身をリビングに向けていく。


一晩空けただけ。


なのに、何日かいなかったように感じる自宅の空気に、懐かしさまで浮上して。


静かに入りこんだリビングの入り口で一度足を止めて確認。


変わっていない。


当たり前なのだ。


たった一晩で浦島太郎のように何か変わるわけでもない。


見慣れた居住空間。


でも、見慣れすぎてて逆に安心するような。


何がどこにあるのか分かって、何をするにも遠慮は不要で。


無意識に体が動くことの許される場所。


そんな見慣れた景観を捉えて、ずっと握ったままだった携帯を持ちあげて。


彼から度々送られて来ていたメールを開いて確かめていく。


そして確認したそれに『やっぱり』と、困ったように口元に弧を描いて。


再現だったんですね。


何も変わらないという、


同じ日常の再現。


メールを送ったタイミングも内容も、普段からそれをかわす時刻と会話で。


【おはよう】は、彼がキッチンに顔を出す時間。


【いい天気】は、ダイニングで天気予報を見て交わす内容。


【翠姫が起きる時間】は、出勤前にコーヒーを飲んでいる合間の。


【いってきます】は、スーツの上着を羽織っているタイミング。




全部、全部、


意味あってのメールの内容。



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