夫婦ですが何か?Ⅱ
Side 茜
彼女の温もりの余韻を纏い、玄関を抜けると口元の弧健在でエレベーターホールに歩きぬける。
時間はすでに遅刻確定だというのに、特に急ぐでもなく進んで小さな箱の扉の前に立った。
【幸せ】・・・ね。
彼女の口から零れた現状への最高の言葉。
絶望からやり直した関係を考えれば簡単に得ることが出来る感情ではないと理解している。
だからこそ・・・・最高に歓喜するよ・・・千麻ちゃん。
不安皆無に悪戯に俺を翻弄する姿や、驚かすように甘くなる姿。
全部全部飾らずに素の現状に安堵している彼女の姿だ。
だからこそ曇りなく愛おしくて、絶対に濁らせたくないと心底思う。
そう・・・濁らせたくないんだ。
不安になんて・・・させない。
今まで浮き足立っていた余韻が掠れて、奥に仕舞い込んでいた物が浮上しだし心が揺れだした瞬間。
同時に介入してきた気配にピンと空気が張りつめた。
スッと隣り合う姿にゆっくり視線だけ走らせ捉えた姿に息を飲む。
そんなタイミングにエレベーターの到着音が響き、分厚いドアがゆっくりと左右に開いて入室を促す。
なのに動悸に満ちた体がその中への侵入を拒んで不動になって、でも小さく風を巻き起こし先に乗った姿がその扉の閉口を防いで俺を見つめた。
『乗らないの?』
そんな視線。
一瞬躊躇いつつもその足を動かし中に乗り込む。
何とも言えない緊張感に満ちて奥に乗り込むと、ゆっくり閉まった扉と下降し始める浮遊感。
そして・・・、
「・・・・・久しぶりね」
か細くも耳には凛と響く声だと感じる。
その声は虫の声のように今は静を見せるのに・・・・。
浮上した記憶に眉根を寄せて、現在俺の前に存在する姿に小さく畏怖して視線を移した。
「・・・莉羽(りう)・・・・」
声を響かせればゆっくりと振り返った姿が無表情で俺を見つめる。
その視線から逃げるように自分の足元を見つめれば、スッと自分の爪先の前に入り込む女物の靴。
狭いエレベーターの中で逃げ場なんてない。
そう悟るともう彼女の仕組んだ密室での逢瀬に乗るしかない。
フッと口の端を上げ苦笑いで顔を上げれば、同じフロアであるのにまともに対峙するのは久しぶりすぎる彼女と視線を絡めた。
相変わらず化粧っ気もない、眼鏡で長い髪に多少の癖と。
ああ、やはり・・・どこか千麻ちゃんと類似する空気だと困ったように微笑みかけ降参とばかりに両手を上げた。
「久しぶりだね・・・莉羽・・ちゃん」
同フロアの紅一点だった彼女に。