夫婦ですが何か?Ⅱ
一言。
たった一言にこの場を凍らせる力をお持ちらしい紅さん。
詳細不明の一言に、さっきを類似した表情で各々紅さんに視線を集中して。
再び彼女がごくりとビールを煽ると、それを軽く音を立てキッチンに置き、次の瞬間おもむろにスープの鍋を掴んでシンクに移動させようとする。
さすがにその一瞬で凍結も溶け、慌てて3人でその手を伸ばしての焦りっぷり。
「こ、紅ちゃん!?何してんの!?」
「・・・これだけ料理を絶賛される人に今更私のスープも不必要でしょ?」
「おべっかですから!!これは鬱々として数日過ごしてた私の回復に、また鬱々しないように気を遣ってのお世辞です!!」
でしょ?と同意を求めて拓篤を見れば『えっ!?』と衝撃を受けたような困惑の笑みで不動になって。
そんな拓篤をじとっとした目で見つめる紅さんに私も彼も怯んでしまう。
こんな場面で重要な役を拓篤に押しつけてしまった。
拓篤と言えば微妙な笑みを携え、必死に適切な言葉を探している様で。
でも、
「えっと、・・・おべっかや、お世辞とは言わないけど・・・、僕は紅さんのスープも食べてみたいんだけど?」
び、微妙・・・。
なんて危ない橋渡りを!
ってか、流れを汲んで今だけは『お世辞』でいいじゃないか。
ここでまで、誰かを貶すような言葉を吐かない拓篤の良い人ぶりに尊敬もするし呆れもする。
あまりにギリギリな切り替えしに、今にも鍋の中身がシンクに無残に広がるんじゃないかと懸念して。
でも、
無用。
拓篤の声の後しばらく不動だった彼女が、ゆっくりと動きだすと鍋をIHの上に静かに戻して。
特別言葉を返すことなく再びビールを口に流しこんだ。
そんな姿を捉え、彼と視線を絡め同時に安堵か疲労の息を吐いた。
疲れる。
でも反面教師?
自分も昨日まではこんな焦りを他者に与えていたのだと深く反省した一瞬だ。
どうやら落ち着いたらしい紅さんに、拓篤が気をつかってではなく、本当に興味を抱いて言葉をかけて。
その内容は他愛のない物。
スープの具材はいつも決まってるのか?とか、お酒は強いのか?とか。
にこやかに話しかける拓篤に対して、彼女は相変わらず無表情に淡々と返事を返して時々飲んで。
波長が合ってるんだか合ってないんだか。
異色にも感じるのにどこかペースがあっている2人をなんとなく見つめ、彼にも遅ればせながら【なめろう】を出した。