夫婦ですが何か?Ⅱ
ーーーーONE DAYーーーー
『大道寺さん、』
そんな柔らかい声音で揺り起こされて、気がつけば閉じてしまっていた目蓋を開ける。
光を取り込んだ視界ににこやかな看護婦さんの姿を捉え、一瞬呆けた後に産婦人科の待合室だった事を思いだしその身を正した。
妊婦ゆえの睡魔に勝てず、昼下がりの時間帯もあって診察後に待合室でうたた寝してしまっていた現状。
良かった・・・ヨダレとか垂らしてなくて。
咄嗟に確認するように押さえた唇が渇いていて心底安堵して、そんな私を理解してかクスクスと笑った可愛らしい看護婦さんが診察券と母子手帳を手渡してくる。
『この時間だし、やっぱり眠くなっちゃいますよね』
「そうなんです。朝も全然起きれなくて、本来遅起きな夫に散々揺すられてからやっと起きるほどで、」
『フフッ、まぁ、今の内だけですから。お子さんが産まれたらそんな贅沢な睡眠取れないんですから』
「本当に、夜泣きの少ない子だといいんですが、」
苦笑いで自分の僅かばかり膨らみを見せてきた腹部を摩って、差し出された母子手帳を鞄にしまうとゆっくり立ち上がる。
『悪阻治まりましたか?一時期は入院ギリギリまで酷かったですよね』
「ええ、おかげさまで。気持ち悪くなる事もだいぶ少なくて。むしろ最近は反動で何でも美味しそうに見えるんで困ってます」
『大道寺さんの場合は元が細すぎるので多少なら先生も大目に見てくれるんじゃないですか?』
「はい、今日もしっかり太って怒られるくらいになってねぇ。と、冗談を」
帰り際に笑いながら医師に言われた内容を苦笑いで告げてみれば、『先生らしい』と可愛らしく笑った彼女が軽く頭を下げてその場を去っていく。
それをタイミングとして自分の足も出入り口に向けて、アロマ香る院内から残暑強烈な8月末の青空の下に晒していった。
まだまだ紫外線は強烈だと感じながら攻撃的な日光をチラリと見上げてから静かに歩きだして。
ジワリジワリと汗ばむ体にうんざりし始めた瞬間にタイミングよく捉えるアイスショップに思わず口の端をあげて。
迷わず涼しい店の中に身を投じると、さして迷う事なく、
「チョコミントとクリームチーズのダブルで」
本当、
あの悪阻の日々は何だったのか。