夫婦ですが何か?Ⅱ





狭い給湯室に入ればうんざりする。


さっきまでいた彼女らの様々な香水の匂いが混ざって気持ちが悪い。


勿論、各々はそれほど強くはつけていなくて、でもそれが密集して集まれば強烈だ。


煙草も香水も、つけない人間には強烈な香りに感じて、決して好感を持つ物ではない。


今も残るそれを払うように手を振って、自分のカップを探して手に取るとコーヒーを注ぐ。


すぐに温かいそれを口に運ぼうとして、一瞬で曇った眼鏡に小さく舌打ち。


邪魔だと言わんばかりに外して胸元にひっかけて、ようやくカップに口つけた瞬間。



「っ・・痛・・・」



熱いではなく痛い。


何事かと眼鏡をかけるのも面倒だと、自分が口をつけたであろう場所を近づけ確認すれば。



「・・・・欠けてる、」



昨日まではこんな傷はなかった。


自分でも落としたような記憶はない。


だとしたら、誰かが他のカップを強くぶつけたか、手が滑って落としたのか。


さすがに故意にするような人間たちではないと思いたい。


それに故意にするならこんな中途半端でなく、多分パズルの如くバラバラに打ち砕かれてもいい筈だ。


でも・・・、


せめて言ってくれ。


弁償しろなんて言わないし、教えてくれればこうして唇を切る事もなかったのに。


結果、見事に切れた唇が鉄の味と赤を滲ませて、そんな事態に諦めたように溜め息をつくと、次の瞬間には何事もなかったかのようにコーヒーに口に流しこんだ。


ごくりとブラックの苦味を流しこんで喉元をすぎた頃に、



「噂に違わぬ、」


「・・・・」



響いた声に驚愕するでもなく振り返って、ぼやける視界にドア枠に寄りかかって立っている姿を捉えて目を細める。


そんな事をせずとも、声や、ぼやけても捉えた姿で理解している。



「ここで何を?」


「ん?休憩しに」



そう口にし、スッと身を投じると後ろ手に扉を閉めた姿が、多分笑みを浮かべて近づいて。


近づくほどにその顔を見上げていくことになる。


高身長。


首が疲れる。と、さっきの印象に追加して、僅かに明確になった顔を見つめて不動になって。


決して見惚れていたわけでなく、より明確にその顔の詳細を知ろうと思っただけ。


なのに、


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