夫婦ですが何か?Ⅱ
絡んだのは懐くような笑顔。
でも作ったような愛想には感じない。
屈託のない、裏もなさそうな笑みの彼をしばらく見つめて、
「・・・水城です」
「それは知ってる。下の名前は?」
「・・・・言う必要はありません」
さらりと言い切って背中を向けて、愛想も情もなくその場を去ろうと扉に手をかける。
だって、
必要ないでしょう?
どうせ・・・、
「きっと、俺と千麻ちゃんは長い付き合いになるよ」
ほら・・・、
やっぱり知ってるじゃない。
だからこそ、驚く事もなく振り返って、想像のつく、変わらない笑みと対峙して見つめる。
「・・・・水城です。年上の女性をいきなり馴れ馴れしく呼ぶのはいかがでしょう?お父様の教育を疑われますよ」
「だって、父さんが『千麻ちゃん』って言ってたし」
「『セクハラです』と、お伝えください」
「うーん、いいねぇ。常に傍に置いて虐めたい」
「・・・・・・子供は帰って宿題をしては?」
役不足。
そんなセリフは100年早いとばかりに言いきって、クスリと笑うと給湯室からその身を出した。
そう言えば、
名前を聞き忘れた。
そんな事を思いながらも、別にいいか。と仕事に戻って。
その名前を知るのは僅か数時間後の社長室での事。
終業時間間近に社長室に呼び出されて、まさか本当にチクッたのかと、軽く呆れながらその部屋に出向いて。
入れば昼間の彼に類似する、嫌味な笑みに出迎えられて。
でも言葉より早くコトンとデスクの上に置かれた包装紙に包まれた小ぶりの箱。
「・・・・これは何でしょうか?昼間のテストの景品ですか?」
「あはは、諸々聞いたよ。なかなか貴重なご意見どうも」
「・・・・微々たる退職金でしょうか?」
「言っておくけど、俺は君を手放す気はないよ千麻ちゃん」
「・・・・セクハラです」
「ああ、それ、伝言でも貰ったよ」
つまりは昼間のやり取り全て筒抜けなのだと悟る。
そして憤るどころか上機嫌でその事実を楽しんでいるこの男。
まぁ、そういう人だと知ってますけどね。
「ちなみにこれは茜からだよ」
「・・・・【せん】?」
「あれ?あいつ名前言わなかったの?大道寺 茜。あかねって漢字で【せん】って読む」
「・・・で?そのご子息が何故私にこの様な物を?」
「さぁ?中身は俺も知らないから。・・・・でも気になるし、ここで開けてよ」
ワクワクと、息子の秘め事でも見るような感覚で笑う男に呆れた視線を送ってしまう。