まちこのerotica


ヤマダが目をグリグリさせながら言う。


(まるで、ハセがいうようなせりふだな…)

そう思った途端、不意に目頭が熱くなった。


夫はなぜか私に『お腹空いてない?』とよく尋ねたから。


「…ありがとうございます…」


少し俯き、涙を飲み込んだ。


「では、遠慮なく頂きますね。飲み物は温かいお紅茶、お願いします」


「分かりました。
お茶、ご一緒したいところですが、僕はこれから入浴の介助をしなければなりませんので。
お風呂は、お年寄りの楽しみですから…

ご縁があるといいですね。
長谷部さんと一緒に働けるの楽しみにしています。では、失礼します」


ヤマダは姿勢をただし、深々とお辞儀をした。
さすがに礼儀正しい。

ここは洗練された場所、エルミタージュの名に相応しい場所なのだ、とヤマダの肉付きの良い背中を見送りながら、思った。


大きなガラス窓ごしに、中庭をぼんやり眺める。
そこは美しい和風庭園。

手入れされた松の木があり、池には、ししおどしまである。


建物は洋風なのに…


私は苦笑した。
ここで働けたら老人達の恋の相談に乗ってあげたいな、と考えたりする。





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