まちこのerotica


「そしたらさ、俺が入院してすぐ、見舞いだとかいって駆けつけて来た息子夫婦が、いっきなり、財産分与の遺言を書けだの言ってきた。

それまで嫁のいいなりで、孫の顔、三回しか見せなかったくせに。
俺の糖尿病のことだって、何も心配してなかったくせに。

うちの奥さんと息子の嫁が犬猿の仲でな。
いつだか孫の育て方で罵り合いの喧嘩をしてから、一切うちに寄り付かなくなった。

奥さんは、孫に会いたい会いたいって口癖のように言いながら、死んでいったよ…」


高波さんは、俯き、カップをそろそろと受け皿に戻した。

慎重な動作だったのに、持ち手から指が離れた途端、ガチャン!と音を立ててしまった。


「おっと、失礼。右目は少し見えるんだけど、距離感がわかんないんだ。
慣れたけど、やはり不自由なものだよ」


「…奥さん、亡くなられたんですか?」


「ああ。脳に悪いデキモノが出来てさ。あっと言う間さ。もう5年も前の話だ。それで、あいつらに財産狙いで殺されないうちに、土地ごとコンビニ売っぱらってここに入ったんだ」


「そうですか…」


しばらく沈黙が流れた。



「…ハセも死んじゃったんです…」


俯きながら、私が言うと高波さんは、うんうん、と頷いた。







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