まちこのerotica
スラックスの尻のポケットに入れた俺の携帯の着信音だった。
一瞬、白けた空気が流れる。
「あ…あはは。バイブにしてなかったよ」
俺は取り繕うように言った。
それは妻からの電話だった。
妻は電話などかけてこない。
どんな時も短いメールで済ませる。
緊急事態かもしれない。
田舎のお袋に何かあったとか。
「ごめん…真千子。得意先からだ
ちょっと待って。すぐ戻る」
俺は立ち上がり、頬を赤くした真千子を残してコピー室を出た。
……ヤラレタ。
駅前の花壇のそばで、俺は呆然と立ち尽くした。
被害は幸久の自転車だけにとどまらなかった。
俺のもやられてしまっていたのだ。
目の前にある愛車のマウンテンバイク。
朝置いた場所から、微動だにしていなかったが、チェーンロックを外し、またがろうとした瞬間。
その異変に気が付いた。
やけに重い…!
泥沼にはまったように。
それもそのはず。見事にパンクしていた。
ご丁寧に前輪も後輪も。
しかし、その辺にあるママチャリ数台は無事だった。
明らかに高価な自転車を狙ったとわかる。
それはまるで見せしめのようだった。