初春にて。
「ユズ、はさ」
 ぎしぎし鳴る音にまぎれて、うっかり聞き逃してしまいそうになる彼の声を、必死で拾い集める。
「俺が、同情で、ここに居るって、思ってるん?」
 一瞬、戸惑いが顔にでてしまったのだろうか。彼はちょっと困ったように笑うと動きを緩めて、私の耳朶に唇をよせた。
「俺の中では、少なくとも、違うよ」
 吐息混じりの彼の声が、再び私の躰の最も奥をきゅうきゅうと切なくさせる。そのとたん、彼が何かを堪えるように眉根を潜めて息をつめた。
「可哀相、思ったんは、ずっとユズが、可愛いって、思ってたから」
「……ずっと?」
 淫を滲ませた彼の目元が、僅かに歪んだ。
「そう、ずっと。啓太がユズに気づく、それよりも、ずっと前から」
 彼にとっての私は、凛子の友達という認識しかなかったのかと思っていたけれど。
 ふいに、彼は大きく息を吐き出すと、眉間に深く皺を寄せたまま動きを止めた。彼の唐突な行動に、私と私の躰が戸惑う。
「大学の、新入生のオリエンテーション、覚えとる?」
「う、うん。もちろん」
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