薔薇の夢をあなたに
そこにはいくつものエルフの亡骸が転がっていた。





血まみれの広間の中央で、真っ青にゆがんだ長老の顔がこちらを向いていた。





“それ”は長老の首筋に口を押し付け、身の毛のよだつ音をたてて、血肉を食らっていた。ぐちゃぐちゃと咀嚼する音が部屋に響く。





「貴様!!!長老から離れろ!!!」
サーシャはものすごい剣幕で弓をひいた。金色の矢は空気を裂いて、地面に突き刺さる。




長老から身をひいた“それ”はこちらを向いた。





「…い…いや…」私は足がすくむのを感じた。
「ジュリエット!!しっかりしなさい!!あの時とは違う!!」ロゼットがわたしの肩に腕を差し込み、なんとか支える。





そこにいたのはあの夜、私を殺しに来たフードの男だった。
私は恐怖を抑え込んで、レイピアを構えた。





「長老!!」サーシャはすばやく長老に駆け寄った。
無残にも肉体を食い荒らされた長老の瞳に、もはや光はなかった。





サーシャは美しい指で長老の目を閉じた。
「き…貴様…己が何をしたか分かっているのか!!!」
怒りで声が震えている。




サーシャは弓を投げ捨て、腰に差した太刀を抜くと猛然と切りかかった。
「危ない!!!!」
フードの男がニヤリと笑った。




「うわぁああああああああ!!!!!」
部屋にサーシャの絶叫がこだました。




彼女の右腕からはおびただしい量の血が流れ出ていた。
「サーシャ!!!」
サーシャはレイに抱かれて部屋の隅に瞬間移動していた、あっと一瞬遅れていればサーシャの腕は飛んでいただろう。




「くっくっく…久しぶりだね。太陽の姫よ…」
その声は恐ろしいほど甘かった、まるで恋人に語りかけるような…私は背筋が凍った。




「相変わらず穢れのない美しい瞳だ…あんたの魂はどんな味がするんだろうね…」
フードからは表情は全く見えない。





なのに、私は蛇に睨まれた蛙のように身動きが取れなかった。




「絶対にジュリエットは渡さない!!」ロゼットとデイヴィスが私の前に出る。




「現世(うつしよ)を駆ける矢よ、悠久の旅人よ。我に仇なすものへの拒絶を!!」レイの澄んだ詠唱がすごいスピードで紡がれる。
すさまじい光属性の魔力が満ち、フードの男は館の外に弾かれた。




「サーシャのことは任せた!あいつの相手は僕がする!!!」
レイはあっという間に男を追って館を飛び出した。




「サーシャ!!」私はあわててサーシャに駆け寄る。
ものすごい冷や汗を流し、激痛に耐えるサーシャ。




「私のことは…いいから…早く逃げろ…この里は囲まれた…」
< 120 / 146 >

この作品をシェア

pagetop