薔薇の夢をあなたに
騎士団に入ってから、時間は矢のように過ぎた。

最初のほうは体力もなく、すぐにへばってしまっていたが、デイヴィスは辛抱強く鍛えてくれた。

もともと魔法のセンスだけはず抜けて高かった僕だったが、その魔力を使いこなせるだけの体力がなかったのだ。
デイヴィスは信じられないくらいよく食べる。僕も毎日それにつき合わされたおかげなのかはわからないが、身長はだいぶ伸びていた。

気が付くと、僕は精鋭ぞろいの黒の団中でも、指折りの魔導士に成長していた。

ジュリエットと離れてから五年の月日が流れていた。

騎士団は国を守り、王家を守るもの。騎士の身分で姫とどうにかなりたいだなんて、ばかげている。そんなことは十分すぎるほどわかっている。

でも、僕にはジュリエットしかいなかった。彼女を守る力がほしかった。

たまに訓練場にジュリエットが見に来ているのを、目の端に感じていた。

成長したジュリエットは誰もがうらやむ我が国一の美貌を手に入れていた。そのうえ、優しく気さくでかわいらしい太陽の姫はみんなの人気者だ。

「ねえ、レイは今日も訓練中なの?」
ジュリエットは近くの訓練兵に声をかける。

話しかけられた兵は、美しい姫君に赤面しながらも答える。
「そうですねえ。レイ様は集中しているときに話しかけられるのは嫌われるので。…そういえば、姫様が来られるときはいつも大掛かりな魔法の訓練をされていらっしゃいますね。」

ジュリエットはやわらかな眉を下げて、少し寂しそうな顔をする。
「そうか…。頑張っているのなら仕方ない。また出直しますね!みなさんも訓練頑張ってください!」
ジュリエットは次の授業が始まるから、と言って走って部屋に戻っていった。


ほら、また走ったね。お姫様は廊下を走ってはだめだよと僕は前から言ってたでしょう。そっと心の中でつぶやく。

訓練場まで会いに来てくれる君に僕が気づいてないわけがない。今すぐにでも会いたいし、話したいし、君の白い手を引いてまた二人で出かけたい。

でも、僕はまだ君とは会えない、まだなんだ。

14歳になった日、僕は歴代最年少の「黒の団」団長に任命されることとなる。任命式には陛下も参列してくださった。

「5年ぶりだね。レイ。」

陛下はまったく変わらないご様子で僕に話しかける。
「お久しぶりでございます、陛下。お変わりないようで。」
僕は礼に習い、片膝をついて陛下に跪く。

「5年前のあの日から、君の頑張りはよく耳に届いていた。今日は本当に私もうれしいよ。」

「ありがたきお言葉、大変光栄に存じます。」

「すっかり一人前の騎士(ナイト)になったんだね。レイ。」
陛下の声ににじむ父のような温かい響きに僕は胸が少しだけ熱くなる。

「顔をあげなさい。騎士団長レイよ。」
「はい。」
僕はすっと顔をあげ、陛下の赤い瞳と視線を重ねる。

「1週間後、わが娘ジュリエットの14歳の誕生式典がある。その日の護衛をそなたに一任したいのだが、頼まれてくれるか?」

一瞬よくわからなかった。

「5年の月日、そなたはたゆまぬ努力を続け、今日その力で騎士団長として私に力を示してくれた。そなたはあの日、何もできなかったか弱い少年ではもうない今度こそ、娘を守ってくれると信じているよ。」

国王陛下の慈愛に満ちたまなざしに、自分に対する信頼を感じた。
「命に代えても、姫のすべてを守ると誓います。陛下。」

恭しく頭(こうべ)を下げ、団服の左胸の刻印に右手を重ねた。


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