「恋って、認めて。先生」
校門をくぐるなり、バッタリ比奈守君と出くわす。一瞬、昨日のことが頭をよぎりドキッとしたけど、忘れたフリで挨拶をした。
「比奈守君、おはよう!」
「……おはようございます」
眠いのか、比奈守君は小声で挨拶をしたきりうつむいてしまった。
「また教室でね!」
言い残し、私は職員室まで颯爽と歩いた。背中に視線を感じるけど、きっと気のせいだよね。
「おはようございます」
朝、いつもの二割増しの笑顔で私は教壇に立った。
「今日はこの後、ロングホームルームを行います。そこで、もうすぐ行われるレクリエーションのことについて話します」
ここ南高校では、毎年4月にレクリエーションと称される遠足が行われる。バスで現地に向かい、動物園やら水族館などの施設巡りを楽しむという、楽しい学校行事のうちのひとつだ。
「三年生の皆さんにとって、これが高校生活最後のレクリエーションになります。班決めに関しては6人一組としますが、その他は特にルールなどありません。今年、三年生は水族館に行くことが決まりました。思う存分楽しめるよう、自由に班を組んでください」
生徒達の目が、みるみると輝き出す。静かだった教室は、瞬く間ににぎやかになった。
そんな空気のまま出欠を取り、ロングホームルームに入る。
レクリエーションの班決めは5分としないうちに終わり、残った時間は各自しおり作りをしながらの雑談タイムとなった。
仲間との楽しい高校生活を刻むためのレクリエーション。様々なグループが出来上がり、中にはカップル同士で班を組んでいる子達までいる。先生が一方的に班を作ってしまうクラスもあるけど、私は自由にしてあげたかった。生徒達には心から楽しんでほしいから。
ふと比奈守君の方を見ると、彼も、男子ばかりのグループに入り珍しく楽しそうに笑っていた。あんな子供らしい顔もするんだ、と、なぜだか嬉しい気分になる。
皆が笑って楽しそうにしている。そのために力を添えられたのだと思うと嬉しかったし、教師という仕事にやりがいを感じた。
「あっちゃん!これってこうでいいの?」
ロングホームルーム中、何人かの生徒がしおり作りの件で私の所に質問しに来た。『あっちゃん』とは、いつの間にか生徒が考えた私のあだ名らしい。アスナだからあっちゃん、なるほど!
「うん、これでいいよ」
「ありがと!私、あっちゃんのクラスで良かった!」
「ふふっ、ありがとう。皆で楽しめるといいね、レクリエーション」
手を振り、席に戻っていく生徒を見送る。A組の担任になって初めて幸せだと思った。教師やってて、本当に良かった。