「恋って、認めて。先生」
こんなに探してないのなら、プールの中に落ちてしまったのかもしれない……!
心待ちにしてようやく訪れた放課後、すぐに水の中に入るというわけにはいかなかった。水泳部の部活があるからだ。
水泳部の練習が終わるのを待っている間、私はいったん学校を抜け、近くのショッピングモールで水着を買い戻ってきた。水の中を探すとなったら、服のまま入るわけにはいかない。
場所が場所なので、落し物をしたのなら他の先生達に協力してもらうべきなのかもしれないけど、授業に必要な物ならともかく完全に私物だし、やっぱり、自分で見つけたいと思った。
水泳部が帰るのを見計らってようやく、私はプールに入ることができたけど、その頃になるともう、辺りは薄暗くなっていた。
日焼けせずに済むし昼間より涼しいのはありがたいけど、とても、水の中をじっくり捜索できる時間帯ではない。
ううん、諦めるもんか!目で探せないなら、手や足、使えるものを使って感覚で探してやる!
更衣室でこっそり新品の水着に着替え、プールに着くなり勢いよく飛び込んだ。静かな校舎に、ザボンと水の音が響く。
月の光を頼りに、隅から隅まで探す。
途中、プールサイドに置いておいたカバンの中のスマホが何度か着信音を鳴らす。きっと、比奈守君だ。朝も昼も、何度かラインのメッセージが来ていたけど、ネックレスのことに夢中だったので、返事どころかメッセージの内容も確認していない。
後で必ず事情は説明するから、今は待っててね。
心の中でつぶやき、何度も水の中に潜った。
「先生……!」
困惑したような、それでいて力強い比奈守君の声が聞こえたのは、プールの三分の一ほどまで捜索が進んでいた時だった。
「比奈守君……!今日は塾だったんじゃ……」
「休みましたよ。先生こそ、こんな暗い中で何やってるんですか?」
連絡を返さなかったので、ずっと心配してくれていたんだろう。比奈守君はプールサイド脇に膝を下ろし、私の方を見た。
「1時間目に皆の授業見てから、むしょうに泳ぎたくなって」
「先生、ウソが下手です。今日ずっと様子がおかしかったし……」
「ばれてたかぁ……」
何と言えばいいか、分からない。
「比奈守君こそ、どうしてここに……?」
「先生、俺のこと避けてるでしょ」
比奈守君は淡々と言った。
「朝のホームルームの時も、水泳の時も、露骨に目そらすし、ラインも返事こないし……」
「違うの、避けてたわけじゃ……!ごめんね。忙しくて連絡出来なかったし、教室とかプールで目を合わせられなかったのも、恥ずかしかったから……」
しどろもどろに答える私を見て、比奈守君はクスリと笑う。
「分かってますよ」
「えっ!?……あ!またからかったんだ!?ひどいっ!」
「すいません。なんか、先生を前にすると、意味もなくいじめたくなるんですよね」
それって、好きな子をからかう小学生と同じ心理なんじゃ……。嬉しいような恥ずかしいような、くすぐったい気持ちになる。
プールに入ったままの私に近づき膝を寄せると、比奈守君は言った。
「水泳の授業終わってから、先生この辺うろうろしてましたよね。もしかしたらと思って来てみたら本当にいた」
「見てたんだ……」
「うん。無意識のうちにいつも見てるよ、先生のこと」
「また、からかってる?」
「ううん。本音だよ。いじめて、ごめんね」
うつむく私の唇にあたたかい感触が広がったのはすぐのことだった。冷えた私の体を、比奈守君の口づけが熱くする。
「比奈守君……!」
「ネックレス、なくなってる。ずっと一人で探してたんですか……?」
比奈守君は、水に濡れた私の首すじを見つめる。その目は、抱き合った時に見た彼の視線そのもので、私の体は一瞬にして熱くなった。水の中に浸かっているというのに。