「恋って、認めて。先生」


 この日から、私は少しだけ強くなれたように思う。

 前までは失うこわさばかりが目について何もできずにいたけど、これからは変わりたい。ずっと比奈守君と仲良くいられるように、好きでいてもらえるように、私も出来ることをするんだ……!


 それから間もなくして夏休みが始まった。

 生徒達と一緒に私も長期休みがほしいと思ったけど当然そんなわけにはいかず、仕事があるので毎日学校へ足を運んだ。

 比奈守君は毎日のように塾の夏期講習があるので、夏休みだからといってたくさん会えるわけではなかった。むしろ、イベント盛りだくさんのこの季節にしては会う回数が少ないと思う。

 花火大会や海水浴、映画館、カラオケ、遊園地、キャンプ、バーベキュー。夏に恋人とやりたいことはたくさんあるのに、どうしてもそれは叶わなかった。


 7月下旬、全国でも有名な市内の花火大会へやって来た。

「相変わらず混んでんな〜!人酔いしそ〜」

 共に会場へ来た琉生(るい)が冗談ぽく言いながら、先導するべく私の前を歩いた。純菜も来るはずだったけど予定外の残業が長引いているらしく、今日は残念ながら来れなくなってしまった。

 人混みにさらわれないよう、琉生は時折手を引いてくれる。この手が比奈守君のものだったらなと思い、すぐに意識を目の前に戻した。

「比奈守君に会えなくて寂しいか?」
「そんなことないよっ。楽しい!とっても!」
「あのタコ焼きなら比奈守君と一緒に食べれそうだな〜って考えてなかった?」

 人混みの向こう、並んだ屋台のひとつを指差し、琉生は笑う。

「そうだね、比奈守君甘いのダメだから、タコ焼きならいいかも……」

 ハッとし、私は琉生に謝った。

「ごめん、せっかく一緒に来てるのに……。楽しいのは本当なんだけど、無意識のうちに比奈守君のこと考えてて。琉生に失礼だよね」
「何年幼なじみやってると思ってんの?そんなことで怒らないって。ちょっと、そこで待っててな」

 琉生は私を木のそばに待たせ、屋台の方に歩いていった。何かを買ってきてくれるつもりらしい。

 琉生の優しさに感謝しながら焼きそばのいい匂いに和んでいると、お腹が空いてくる。比奈守君は、今日も塾だと言っていた。

 頑張ってね。心の中でエールを送っていると、

「飛星……!?」

 通りすがりにまじまじとこっちを見つめてくる人がいた。

 人の良さそうな顔で手を振りこちらに歩いてくるその人を見て、私は身動きできなくなった。

「ヨシ……!」

 大学時代に付き合っていた初めての彼ーーヨシが、そこに居た。私達より年下だろう女性を連れている。美人でスタイルも良くて、私とは大違いだ……。

 彼女は私に頭を下げヨシに目配せすると、ここから少し離れたベンチに腰を下ろした。外見だけでなく、性格もいい女という感じがする。

 勝負する気なんてないのに、この敗北感はなんだろう。彼女が例の、私を振って付き合った女性なんだろうか……?あんなコが相手じゃ、私なんか負けて当然だ……。敵わない。

 昔のことはもう吹っ切ったはずなのに、考え始めるとマイナス気分が止まらなかった。


 別れた時のことなんてとっくに忘れているのだろう。ヨシは、昔と変わらない気さくな調子で話してくる。

「彼氏待ち?」
「ううん、琉生と来てる」
「ああ!音大行ってたピアノうまい人ね!」

 変なの。嫌な感じでドキドキするのに、案外落ち着いて話ができてる。

 付き合ってた頃、ヨシは琉生と何度か会ったことがあるので、琉生の特技や学校のことなど、まだ覚えていたらしい。それが少し嬉しいと思ってしまう自分が、なんか嫌だった。

「綺麗になったな、飛星」
「そんなことないよ」
「謙虚だなー。ほんと、うちの彼女に負けてない」

 どの口がそんなこと言うんだと言い返したくなったけど、グッと我慢し笑ってみせた。

「あの子?私振って付き合ったの」
「ううん。アイツとはとっくに別れた。飛星から数えて、あの彼女は4人目かな」
「よっ、4人目……!?」

 ずいぶん恋愛に積極的だねと嫌味を言いたくなった。君と別れた後、私がどれだけ泣いたと思ってるんだ!涙返せ!

 ……なんて言うわけにもいかず、ため息をつくことで無言の嫌味を発すると、察したようにヨシは肩をすくめた。

「悪かったな。あの時は……。ずっと謝りたかった」
「え……?」

 思わぬことを言われ、私は驚いた。

「謝ることないって。冷めちゃったもんはしょうがないしさー」
「飛星、やっぱり変わってないな」
「そうかな?」

 比奈守君と関わって以来、自分の年齢にどこか引け目を感じていたけど、一番楽しかった時期に関わっていた人に「変わってない」と言われるのは、けっこう嬉しいものだった。

「飛星と別れた後すぐ、後悔した」
「何言ってるの。今、幸せなんでしょ?」

 しんみりしそうな気がして、私はわざと明るい声を出した。

「……うん。彼女大学生なんだけど、卒業したら結婚する。お互いの親にも挨拶済ませた」
「そうなんだ。おめでとう。良かったね」
< 109 / 233 >

この作品をシェア

pagetop