「恋って、認めて。先生」

 長い間引きずったヨシとの関係。でも、彼から結婚の報告を受けても、意外とショックではなかったし、むしろ落ち着いて受け入れられた。

「ヨシが結婚かぁ……」
「意外と思った?」
「うん、ごめん。ちょっとね」

 私の周りで、ヨシほど結婚から程遠いイメージの人はいなかった。

 男女関係なく友達の多かったヨシに、付き合っている当時はヤキモキさせられた。女友達の恋愛相談を夜通し聞いたり、私と付き合っていても「友達に頼まれて仕方なく」と言い、積極的かつ楽しそうに合コンに参加する人だった。

 実家暮らしの影響なのか、ヨシは家事も全く出来ないし、就職してすぐの頃も、入った給料を糸目なく使い、際限なく自分を着飾るという生活感のなさ。かといって、仕事に情熱を燃やすというわけでもなかった。

 女なんかそばにいなくても、一生独身で自由に気楽に生きる男。それが、付き合っていた時の彼のイメージだった。

 ヨシ自身もそのことを自覚していたのか、照れたように笑い、離れた場所で待つ彼女さんを見た。

「アイツと出会う前までは、結婚て男にとってデメリットしかねぇなと思い込んでたけど、そういうのも考えられなくなるくらい、一生アイツのそばにいたいって思ったんだよ」
「大好きなんだね、彼女のこと」
「そうだな。お前にこんな話するの無神経なんだけど、今までの恋愛全て、アイツに出会うためにあったんだと思ってる」
「ほんと、無神経」

 私は苦笑し、ヨシの言葉を受け止めた。

「でも、分かるよ。私もそう思ってるから。ヨシと付き合ったこともいい思い出。それがあったから、今の彼と出会えたんだと思う」

 そうだ。ヨシとの別れがあったから、比奈守君と出会うことができたんだ。

 今むしょうに比奈守君の顔が見たくなった。

 婚約中の元カレに会ってもこんなに穏やかな心持ちでいられるのは、比奈守君のおかげだ。彼が、私を見つけ愛してくれたから。


「彼氏、いいやつ?」
「うん。とっても」
「同じ学校の先生?」
「さあ、どうでしょう?」

 笑顔で、私は言った。

「もう行きなよ。彼女さん待たせるの悪いから」
「そうだな」

 気遣わしげな視線を向け、ヨシはもう一度、神妙な面持ちで謝ってきた。

「あの時、俺の心変わりで飛星のこと傷付けたこと、ずっと気になってた。謝ろうにも、こっちから連絡できる立場じゃなかったし……」
「もういいよ。あの時謝られてたらどうなってたか分からないけど、今、私、幸せだから。それに、ヨシと付き合ったこと、後悔はしてないよ。こうして話してるのもけっこう楽しいし」

 そう。誰に強制されたわけでもない。ヨシを好きになり、当時、彼の交友関係に気疲れしながらも付き合うことをやめなかったのは私だ。

「あの時、はっきり別れてくれて良かったよ。彼女と幸せにね」
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