「恋って、認めて。先生」
女の人が全員そうとは限らないけど、たいていの人は自分の使う化粧品などに気を使うと思う。そういう意味でそんなことを訊いたのだけど、しまったと思った。
これじゃあ、比奈守君の元カノの存在を気にしてると思われる…!妙なプレッシャー与えちゃうよ!
少し驚いたように、でも、落ち着いた眼差しでこっちを見る比奈守君を前に、私は慌てて口を開いた。
「あっ、別に、夕の過去を詮索するとかそんなつもりじゃないからっ……!」
「そう……」
何を考えているのか分からない。比奈守君は涼しい顔で穏やかに言った。
「女の人と旅行するの、飛星とが初めてだよ」
「そう、なんだ」
「それだけ?」
つまらなさそうにそっぽを向く比奈守君を見て、私は目を丸くした。
「俺ばっかり嫉妬して、負けた気分になる」
「えっ!?」
「飛星は、嫉妬とかしないの?」
冗談のような口ぶりでスネる比奈守君が、愛しかった。つないでいた手に、自然と力がこもる。
「私だって、嫉妬はするよ。でもさ、過去はどうしようもないもん。今夕が私だけを見てくれてるなら、それでいい」
なんて、大人っぽいこと言ってみたけど、本当はいっぱいいっぱいだ。
比奈守君の同級生には可愛い子がたくさんいるし、そうでなくても、彼には塾や友達付き合いといった様々な世界がある。私の知らない、想像することしかできない彼の日常。
でも、こうして、比奈守君を好きでいられる自分にも誇りを持てるから、それが全て。
「飛星はやっぱり、大人だね。どのくらいしたら追いつけるんだろ」
比奈守君が切なげに笑うのを見て、胸がチクリと痛んだ。
……そっか。こういう背伸びがいけないんだ。琉生に言われたことを思い出した。
比奈守君が私との付き合いに不安を感じるのは、きっと、こういう時に私がわざと大人ぶるせいでもある。
「大人じゃない。大人なんかじゃないんだよ、全然」
バス停に着いた私達は、暑さをしのぐように日影のベンチに座った。
「本当はね、すごくヤキモチとか妬くんだよ、私」
比奈守君の視線を感じつつ、私はうつむきがちに話した。
「誰かは言えないけど、この前、学校の女の子が夕に告白するってはしゃいでるの見てすごくこわかった。夕のこと信じてるけど、告白されたら、夕はその子の方が良くなるんじゃないかって……。他にも、今までの元カノさん達とどんな話してたのかとか、どこに行ったのかとか、どんな相手だったんだろうとか、そういうこともやっぱり気になるし……」
「飛星……」
いつも落ち着いている比奈守君の声音に、高揚感が付け足されている感じがした。
バスが来るまでの30分。その時間は、私達の心の距離を縮めてくれるのに充分な時間だった。