「恋って、認めて。先生」
人通りの少ない静かな街並み。周囲に私達以外の人はいなくて、セミの声とアスファルトの匂いだけが満ちていた。
比奈守君はそっと私の頬にキスをし、つぶやく。
「良かった……。飛星も、同じ気持ちだったんだ」
「今まで隠してた。私の方が歳上だし、しっかりしたとこ見せなきゃって。夕に嫌われたくなかったから」
ずっと好きでいてもらうためには、何かを我慢しなきゃいけない。そういう想いが、ずっとあった。
「嫌わない」
つなぐ手にぎゅっと力を込めて、比奈守君は言った。
「飛星がそうなったの、多分元カレのせいだと思うけど、俺はその人とは違うから」
心変わりで別れたヨシのことを言っているのだと分かる。
「それに、歳上だからって飛星にしっかりしたとことか求めてない。水族館で迷子になるような人だよ?」
比奈守君はいつもの意地悪な口調に戻る。私はついムキになり、比奈守君の腕を小さく叩いた。
「ひどい!あの時は親切に案内してくれたのに!」
「だって、飛星のこと独占したかったし」
サラリと言われた独占というセリフにドキドキしつつ、私は気になっていたことを思い切って訊いてみることにした。
「そうだ……!あの時話してた友達はどうなったの?他校の、女の先生を好きになったっていう」
水族館で比奈守君から相談された、友達の恋愛事情。あの後、どうなったか聞かされていない。
「……アイツ、先生のことは諦めて他の女子と付き合い出したみたいです。告白されたとかで」
「そっか、そうだよね。女の先生への恋愛感情なんて、憧れみたいなものというか、すぐに消えるよね」
「俺はそんなことなかったけど」
「あっ…」
そういえば、水族館でその話をしてきた時はもう、比奈守君は私のことを好きだったんだよね!?
「あの時あんな質問してきたのって、もしかして……」
「飛星の気持ちが知りたかった。意識調査、みたいな」
「意識調査だったんだ……!?」
思わず笑みをこぼしてしまう私を照れくさそうに見やり、比奈守君は言った。
「あの時、死ぬほど緊張したんだから……」
「夕でも緊張ってするの??」
「それ、どういう意味?」
じろりとにらまれ、柔らかく頬をつつかれてしまう。
比奈守君は、恥ずかしさをごまかすかのように私の手を強くにぎった。
「分かるよ、飛星の言いたいことも。俺、昔からよく『何考えてるか分からない顔』って言われるし。表現力ないんだろうね。
でも……。飛星に告白した時も、部屋に呼んでもらった時も、初めてキスした時も、ドキドキしてた。
それまでも緊張する場面は色々経験したけど、飛星に対する緊張は全く別のもの。飛星と出会ってから、自分の知らなかった自分ばかり出てくる。人に突っかかったり、かと思えば和解したり……。幸せ感じる時間がうんと増えた」