「恋って、認めて。先生」
あの日私が言ったことを、比奈守君は覚えててくれたんだ……。
旅費を出すなんて、もう、言ってはいけない気がした。比奈守君は、男の人として頼られたいんだと思う。甘えてスネて、意地悪ばかりしてきた彼が、今度は私に甘えさせようとしてくれている。
「ありがとう、夕」
両手でそっと彼の手を包み、私は言った。
「この旅行、連れてきてくれて嬉しかった。一緒に楽しもうね」
それが、この先私達の心の支えになる。そう、信じられた。何があっても、どんな困難にぶつかってもーー。
満面の笑みを浮かべる私を前に比奈守君は頬を赤らめ、ごにょごにょとした口ぶりで視線を泳がせた。
「そういう顔されると白状しづらいんだけど……。今のうちに謝っとくね」
「え?」
改まって、何だろう?
彼の顔を覗き込むと、バツが悪そうに彼は話した。
「付き合うことになった日、もう付き合ってるつもりでいたって言ったけど、あれ、ウソだった。ごめん……」
「どういうこと?」
「飛星、俺との関係アヤフヤにしてたし、このままじゃ彼氏にすらなれないのかと思って、強引に演技した。付き合ってるつもりでいたって言えば、無理矢理そういう話に持っていけるかと思って……」
「あれ、演技だったんだ!?」
その時のことがついさっきの出来事のように脳裏によみがえる。
付き合うと口約束していないから私達は恋人じゃないと言った私に、比奈守君は「もう付き合ってるつもりでいた」と、ショックで放心していた。あれは、演技だったんだ!!
たしかに私は、比奈守君と曖昧な関係を続けようとして、ズルい言動をしてた。比奈守君にそういう手段を取らせてしまったのは私だ。
「普通に告白しても付き合えないって分かったから、卑怯なことした。ごめんね……。飛星のこと騙してるみたいで、良心が痛んできた……」
「謝らないで?私の方こそ最低なことしてた、ごめんね」
「仕方ないよ。飛星は先生なんだから」
そうつぶやく比奈守君は、最初に出会った頃と比べるとうんと大人に見えた。優しくて、どこか頼もしい。
本人には自覚がないかもしれないけど、大人から見たらよく分かる。この時期の子の成長は目をみはるものがある。外見的なものだけでなく、精神的な成長。
比奈守君にとってこの時間は、私と恋をしている最中に他ならないのかもしれないけど、それは同時に、彼を大人へと導く糧(かて)になっているように思えた。