「恋って、認めて。先生」

 彼の成長に気付いた途端、お腹の奥から言い様のない感情が込み上げてきた。罪悪感のような背徳感のような、それに近い、直視するのをためらう何かーー。


「飛星…?暑い?大丈夫?」

 比奈守君に呼ばれ、ハッとした。

「ぼんやりしてた。……考え事?」

 尋ねてくる比奈守君の視線が、優しい。

「ありがとう。暑いからかな?ちょっとボーッとしちゃった」
「もうすぐバス来るから、あっち着いたら冷たい物食べよ」
「うん!」

 本当に、デートだ。

 友達でもなく、子供でもない。好きな人との外出は、どこにいても視界が明るい感じがした。

 それなのに、なぜだろう。私は間違っている。そんな気持ちにもなった。

 彼への気持ちにウソはないし、彼の気持ちを、今度こそ心から信じているのに。


 あれだけ話そうと思っていた合コン参加の件も、私は結局、比奈守君に打ち明けられなかった。

 言うなら今が絶好のチャンスだったのにーー。

 比奈守君が謝ってきた、その雰囲気に乗っかって、私も謝りたいことがあるんだーと言えば良かっただけの話なのに。


 合コンのことを言えなかったのは、二人だけの旅行にふさわしくない話題だから、というわけではなかった。もちろん、それはあるけど……。

 合コンのことが後々比奈守君にバレてギクシャクした関係になることを、私は心のどこかで願っていた。それが、比奈守君を自由にできるまたとない機会だから。私から自発的に彼の手を離せそうにはないから。



 時刻表通りに到着したバスはとても空いていて、二人並んで座ることが出来た。

 狭い座席。バスが揺れるたびに二人の腕がくっつき、私はドキドキしていた。バスの中、比奈守君をひとりじめしている。

 比奈守君も同じことを思ったのか、時々こっちを見て照れたようにはにかんだ。その顔が愛しくて、このまま時間が止まってほしいと強く願った。

「あそこ、ハート型の雲が見える!」
「本当だ。飛星、よく見つけたね」
「そういうの、得意なの」

 窓の外に視線を向け、私達は色んな物を話題にした。一人でここまで来た片道の時間を埋めるようにおしゃべりで心を満たす。

 バスの中にはどんどん人が増えてきたけど、誰も私達をじろじろ見たりしない。知っている人がいないから当然なんだけど、そのことにものすごく開放感を覚えた。


 目的地に着くと、そこは、土産屋や旅館、食べ物の露店がずらりと並ぶ街並みだった。

「あそこに、飛星の好きなきなこソフトクリームあるよ。食べてく?」
「食べる!でも、どうして私がきなこ好きって知ってるの?」
「アパートに、きなこたくさんストックしてあったから」

 比奈守君は、クスッと笑う。

「最初、何かの催し物でもやるのかと思った。そのくらいの量あったし」
「きなこって何にでも合わせやすいから、すぐ無くなるんだよ。夕の観察眼はすごいね!そんなとこまで見てると思わなかった」
「興味あるから」

 そう言うなり私の手を引き、比奈守君はソフトクリームの店に足を運ぶ。

「ちょっと待って!?夕は甘い物食べれないよね?」
「大丈夫。甘さひかえめの豆乳味なら、何とか」
「無理しないでね?」
「してないよ。飛星と食べたい」
 
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