「恋って、認めて。先生」
「飛星は、気付いてないんだ」
嬉しそうに、それでいてわずかに寂しそうに、比奈守君はまっすぐこちらを見てつぶやいた。
「教師になるべくしてなった人だと思う、飛星は」
「そ、そうかな?」
以前、三者面談で比奈守君親子にも話した通り、私は夢や希望を抱いて教師になったわけではない。大学の時お世話になった教授に、高校教師は公務員だから安定しているし給与も年々上がるから食うのに困ることはないと言われ、選んだだけだ。
大学生だった当時、まだヨシと付き合っていたので、結婚後の生活も視野に入れて就職活動をしていた(その頃がものすごく遠い時に感じる……)。ヨシは散財体質でバイトも長続きしない人だったので、万が一ヨシがふらりと仕事をやめても路頭に迷わないようにしたかった。
学生の頃教師になりたいと思ったことなど一度もなかったし、今も、この仕事が自分に向いているのかどうか、よく分かっていない。
比奈守君は、そんな私の心の中を知ったかのように、こう言った。
「飛星みたいな先生に、俺は今まで出会ったことなかったよ。生徒の名前呼び間違えて開き直る人なら何人かいたけど、飛星は違った。生徒一人一人を大切にしてるのが、言動から伝わってきた。それに、イチゴオレ譲った生徒のことも、飛星だから、相手から部活の話とか引き出せたんだと思う」
目の前にいる比奈守君が、この時わずかに大人っぽく見えた。
「俺が永田先生のこと悪く言った時あの人をかばったことも、本当はすごいと思った。妬けたのもたしかだけど、ああやって毅然とした態度で生徒に注意できる人、なかなかいないと思う。勇気がいることだし……。俺のためを思ってそうしてくれたんでしょ?嬉しかった」
全部説明しなくても、私の気持ち、分かってくれていたんだ……。胸が熱くなる。
「何より、飛星はクラスの生徒に慕われてる。それが全てだよ」
比奈守君はいつもそうだった。高校時代の私のことも、今の私のことも、真正面から認めてくれる。絶対に否定したり見下したりしない。そのことに、深い愛を感じた。
アイスクリームを同時に食べ終え店を出ると、私達は手をつないで少し歩いた。
賑やかな表通りを少し外れて奥の道をしばらく散策していると、この辺りでは有名な滝のある場所にたどり着いた。自然の緑が豊かで、空気も澄んでいる。
皆、涼しさを求めているんだろう。マイナスイオン溢れる滝のそばには人だかりが出来ていた。
私達もそろそろと水辺に近づき、どちらかともなくその場にしゃがんだ。夏とは思えないくらい空気がひんやりしていて気持ちいい。
「三者面談では夢とかないって言ったけど……。俺、教育学部のある大学狙おうと思う」
水面に激しく打ち付ける滝の音に、比奈守君のはっきりした声が重なった。
「ということは……。夢、見つかったんだね」
「うん。教師になる。飛星と同じ、高校教師に」
三者面談での話を、比奈守君はしっかり受け止めてくれていた……!琉生の言っていた通りだ。想いを込めて接したら、その分生徒は応えてくれる。
今、これまででもっとも、教師になって良かったと思った。こういう気持ちは、他の仕事を選んでいたらきっと味わえなかった。
何より、比奈守君が私の仕事に魅力を感じてくれたことがすごく嬉しかった。これ以上の愛はない、そう思えて。