「恋って、認めて。先生」
せっかく楽しい雰囲気が持続していたのに、こんなことを言ったら全部ぶち壊しになるだろうか。
私の心配は杞憂(きゆう)に終わった。
「寂しく思われるのは寂しいけど……」
そう切り出した比奈守君は、穏やかながらもまっすぐな瞳で言葉を継いだ。
「飛星とこういう関係になれたのが俺の若さの影響なんだとしたら、俺、18歳で良かったって心底思うよ」
「どういうこと?」
比奈守君がなぜそうも生き生きした目をしているのか、この時はまだ分からなかった。
「だって、今だから俺は飛星に出会えた。一歳早かったり一歳遅かったりしたら、出会えなかったかもしれない。こうやって一緒に笑えなかったかもしれない。おいしいご飯食べて幸せ感じなかったかもしれない。
飛星に近付けるのなら、何でも良かった」
夕の言葉が、まるで麻薬のように、年齢差に対する痛みを和らげていく。
「飛星の目には、俺のすること何もかも子供に映るかもしれないけど、そのおかげで飛星とこうしていられるのなら、俺はやっぱり、年下で良かったと思う」
「うん、その通りだよね」
私は、ひとつ小さくうなずいた。
もう、口で言うほど比奈守君との年の差は気にしていないのかもしれない。
私達は、きっと、どんな状況下でも恋をしていた。そう、強く信じてる。
さっき感じた、背徳感や罪悪感に似た言い様のない感情が、この時ばかりは薄れたような気がした。
合コンのことも、やっぱり話しておこう!後々バレたりしたら、こうして楽しい時間を過ごしたことさえ、霞(かす)んでしまいそうだから……!
「あのね……」
言おうとした時、頼んでいた料理が運ばれてきた。食べるのがもったいなくなる綺麗な盛り付けに視線を奪われる。
「おいしそう!」
感動する私をいちべつし、比奈守君は困ったように眉を下げた。
「…どうしたの?」
「あ、うん……。食べよっか。いただきます」
「あったかいうちが一番だもんね。いただきまーす」
比奈守君はオムライスを。私はデミグラスソースのハンバーグを、それぞれ食べた。ほどなくして、飲み物も運ばれてくる。
「元カノのことなんだけど。って、ご飯時にする話じゃないし、やっぱやめとく」
「いいよ。大丈夫。聞きたいな。そもそも、私からそのこと訊いたんだもん。さっきの話、気にしてくれてたんだよね?」
「うん……。飛星には話しておきたくて」
食べながら、私は比奈守君の話に耳を傾けた。
「今までの彼女は、告白されたから付き合うって感じだった。俺も相手のこと嫌いじゃなかったし。でも……。向こうがすごい好きでいてくれた分、こっちは気持ち返せなくて、だからいつも悪い結果に終わってた……。どの人と付き合っても、決まって束縛される」
その様子を想像しつつ、私は相槌(あいづち)を打った。
「彼女のこと、ずっと放置してたわけじゃない。毎日朝と夜はラインしてたし、会えない時は電話もした。それでも不安にさせてたみたいで、相手は俺のこと信じてなくて……。結局俺は、相手の束縛とかヤキモチを重く感じるようになって、こっちから別れたいって言うのがパターンになってた」
女に対して、俺は冷たい言動しかできない男だと思ってた、と、比奈守君は言った。
「でも、飛星と付き合って初めて、今まで付き合ってきた彼女の気持ちが分かった。束縛したくなったり、ヤキモチ妬いたり。自分はもっと冷静な性格だと思ってたけど、違うみたい。飛星のこと困らせたくないのに、けっこう、嫉妬心強いし、独占欲ある」
比奈守君は、こういう部分が不器用だ。きっと彼は、遠回しに私の異性関係を探ろうとしている。もしかしたら、本音では琉生にすら妬いていたのかもしれない。
これは、とてもじゃないけど、合コンのことなど言えないと思った。浮気するつもりがないとしても。
琉生があんなに何度も私の合コン参加にストップをかけてきたのはそういうことだったのか!と、この時やっと分かった。
比奈守君自身、そんな自分に戸惑いすら覚えているんだろうな。自分がこんなに嫉妬深い男だったなんて!ってーー。