「恋って、認めて。先生」

「高校の頃、飛星が調理師になりたいって言ってたの、分かる気がする」

 微笑し、比奈守君が言った。

「食べることと同じくらい、人においしい物食べさせるのが好きだよね、飛星は」
「うん。そうだね」

 比奈守君の言う通りだった。

 仕事終わりに自宅アパートで友達に夕食を振る舞うのも苦じゃないし、実家暮らしをしていた頃も、頼まれてもいないうちからすすんで夕食の支度をしていた。

「高校の頃は食物科に行きながら全くやる気のない不真面目な生徒だったけど、家では自然とキッチンに立ってたなぁ」
「教師になる時、調理師の夢に未練感じたりしなかったの?」
「うん。料理は趣味として楽しめればそれでいいかなって思ったから」
「そっか」


 オムライスを食べ終えた比奈守君は、そこで何やら満足げに息を吐いた。

「なんか、ものすごく贅沢な気分」
「いっぱい色んな物食べたもんね」
「そうだね。それもあるし、飛星の色んな顔見れたから」
「えっ!?」

 改めてそんなことを言われると照れてしまう。

「私、どんな顔してた??」
「楽しそうな顔。おいしそうな顔。笑った顔。真面目な顔。色々。可愛い」
「……!」

 比奈守君にそう言われると、私は弱い。一気に顔が熱くなる。

「可愛くないよっ。そんなこと言ってくれるの、夕だけ」
「元カレは?」
「全然だよ〜。私以外の女の子には愛想良く可愛いって言いまくるのに」

 そう話す自分の声に無理がないことに気付いて、私はハッとした。ヨシのことを考えても、前ほど胸は痛まない。それに、この前たまたま再会したばかりなのに、ヨシの声が記憶から薄れている。

「その様子なら、もう大丈夫だね」

 比奈守君が優しく言った。

「普通に話せるってことは、その人のことはもう過去になってるってことだから」
「もしかして、ずっと心配してくれてたの?」

 比奈守君はパッと私から目をそらし、氷で冷えたウーロン茶のグラスに口をつけた。

「飛星が傷ついたままなの、嫌だから」
「夕……」

 比奈守君はきっと、ヨシの存在にもヤキモチみたいな感情を持っていたと思う。それでもそういうのを隠して私のことを一番に考えてくれたのがとても嬉しかった。

 純粋でまっすぐな想い。計算高いところがあるのに、本当の比奈守君はそうではない、愛情深い男の子ーー。そんな気がした。


「他でもない夕のおかげなんだよ。ずっとあの人のこと引きずってたけど、夕が私を見つけてくれたから、また、恋ができた」

 私はテーブルの上に両手を伸ばし、向かいに座る彼の両手を取った。

「ありがとう。夕が告白してくれたから、私はまた人を好きになることができたんだよ」
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