「恋って、認めて。先生」

「ごめんね、足がフラついて」

 後ろの比奈守君を小さく振り返り彼の顔を見上げると、比奈守君はわすがに目を見開き、恥ずかしそうに目をそらした。

「飛星の上目遣い、瞬殺力高すぎ」

 そっけない口調は照れ隠しなんだと分かる。

「上目遣い、してたかな?」

 自覚のなかった私がそう尋ねると、比奈守君は深く息を吐き、

「してた。無自覚なの、危なっかしい」

 そう言って、後ろから片手で私の肩を抱いてくれた。私に触れていない方の手で手すりにつかまりバランスを取っているらしく、おかげで私はそれまでより楽に立っていられるようになった。

「支えてるから安心して」
「つらくない?ありがとね」
「大丈夫」

 肩を包む比奈守君の熱にドキドキした。お礼を言うと、私に触れる比奈守君の手にわずかに力が加わった気がした。

「飛星が楽なら、それでいいよ」

 ノースリーブの素肌。腕に比奈守君の手のひらが触れてドキドキもするのに、同じくらい安心もした。守られている、そう思えて。


 バスは、10分ちょっとで目的地に到着し、私達は思っていたより早く満員のバスから解放された。


「やっぱり、外の空気はいいね!」

 夏祭り会場。河原付近のバス停でフラフラ歩き、解き放たれた開放感からそんなことを言うと、比奈守君はおかしそうに笑って言った。

「バスの中で飛星、ちょっと震えてたもんね。小動物みたいに」
「あ、あれは、夕に腕触られてドキドキしてたからっ…!」
「そうなんだ。ドキドキしてたの?可愛いね」

 私の手を取り、比奈守君は色っぽい目つきで私の耳元に唇を寄せた。

「俺達、肩抱く以上のことしてるのにね」
「なっ!そういうこと言わない!」

 比奈守君の本領発揮だ。人をいじめて楽しんでる。からかう彼の背中を、私は何度か手のひらで叩いて抵抗した。

 けっこう強く叩いたつもりなのに、比奈守君はびくともしなかったので何だか悔しい。

「背中の感覚って他の部分より鈍感らしいから、あんまり効かないと思うよ?」

 わざと意地悪な口調でそんなことを言う比奈守君に、私は諦め、トボトボ歩き出す。

「だからって、足とかお腹叩くわけにいかないし」
「はいはい、スネないの」

 楽しげに私をなだめ、比奈守君は再び私の手を取った。どっちが子供か、分からない。


 本気で怒っていたわけじゃないけど、つながれた彼の手のあたたかさに安堵(あんど)し、私はすぐに機嫌を直した。

 会場にはすでにたくさんの人が行き交い、祭を楽しんでいる。
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