「恋って、認めて。先生」
店の主人と比奈守君。二人のやり取りをワタワタと見送っていると、
「行こ、飛星」
比奈守君は立ち上がり、私の手を引き寄せた。
「指輪、ありがとう」
二人分のお金を比奈守君に渡そうと思い、それはやめることにした。初旅行の記念品として、素直に甘えて受け取ろうと思った。
「前に渡したネックレスの代わり、ってわけでもないけど」
「大事にするね。今度は絶対失くさない!」
「相変わらず安い物で悪いけど、ずっと持っててくれたら嬉しい。飛星にはどうしてもそれをあげたかったから」
比奈守君は切なげに笑い、人気の少ない木陰の方に向かった。喧騒からじょじょに遠ざかる。
少し奥に行くと、竹やぶに囲われた休憩スペースに行き着いた。石造りのベンチが二つ並んでいる。会場からはちょっと離れているので誰も気がつかないのか、私達以外に人はいなかった。
「こんなとこに休める場所なんてあったんだ」
「ね、私達よく見つけたよね。こんなに歩いたの久しぶり。少しだけ休も?」
私は言い、ベンチに腰を下ろした。
比奈守君が隣に座るのを待って、私は自分の左手の薬指をうっとり眺めた。
「綺麗な色」
「それ、どの石のイミテーションか知ってる?」
「分からない。黄色って何だったかな?夕は知ってる?」
「うん。昔、宝石とか鉱石って名の付くものに興味があって、よく調べてたから」
そうだったんだ。また、彼の新たな一面を知った。
「それは、シトリンっていう黄水晶のイミテーション。この指輪のは薄い黄色をしてるけど、本物のシトリンは黄色の他にオレンジ色をしてる物もある」
「そうなんだ。シトリンかぁ。初めて知ったよ」
よっぽど、鉱石に深い興味があったんだろうな。ぽつぽつと語る比奈守君の横顔を見て、物知りな彼に感心していると、彼がふと、こっちに目をやった。
「初恋。甘い思い出」
「え……?」
「シトリンの石言葉」
初恋。甘い思い出。石言葉。
「もしかして、これをプレゼントしてくれたのは、石言葉を意識して??」
ドキドキしながら目を見開く私に、比奈守君は照れた横顔を見せ、うなずいた。
「……それって、なんかすごいよ。感動した!」
私は言い、比奈守君の左手を目の前に持ってきた。彼の薬指にはめられた指輪のイミテーションシトリンは、月の光を反射してよりきらびやかな光を放っている。
「あの店でアクセサリーを見た時、真っ先にこれが目に入ったの」
他にも可愛い指輪はたくさんあったはずなのに、それらには目もくれずに。
「私はそういうの無知で、だからこそ、なんか、すごいなって……」
心が、無意識のうちにシトリンの石言葉を見抜いたから私はこの石に惹かれた。そんな気がする。
「俺もそう思う。飛星がこれに見入ってるの分かって、ドキドキした」