「恋って、認めて。先生」

 南高校は超がつくほどハイレベルな進学校というわけではないけど、学力レベルは県内で高い方だと言われている。その分、私達教員も、生徒の学力向上に貢献できるよう、日々の勉強や下調べは欠かせない。

 塾や家庭教師に頼っていない生徒にとって、学校での夏期講習は学力アップのための絶好の機会だった。

 とはいえ、近年、学校外での学習方法は豊富になってきているので、学校の夏期講習など必要としない生徒も多い。なので、今年は、ひとつの授業で十人ちょっとの生徒を相手に講義するという、やや寂しい光景になりそうだ。

「いつもの授業と違って夏期講習は少人数だから、人の私語が気になる子も集中しやすい環境だと思うよ」
「そうなんだ。俺も、夏期講習行こっかな」
「先生としても彼女としてもそれは嬉しいけど、無理してない?塾の夏期講習も、夏休みいっぱいあるんでしょ?学校のは強制参加じゃないから、無理に出なくてもいいんだよ?」

 あまり無理して、比奈守君の体に負担がかかってもいけない。そう思い、私は彼の参加を止めようとしたのだけど、一度決めたら突き進む。それが比奈守君の性格だった。

「大丈夫。無理はしない。休む時はちゃんと休むから」
「熱心なのは本当に偉いけど、そんなに頑張らなくても、今の成績を保てば、夕の希望してるような大学、幅広く選べるよ?」
「そうかもしれないけど、現状で満足してたくない。怠(なま)けたら置いていかれる気がするし、少しでも早く飛星に追いつきたいから」

 そう話す比奈守君は、早く大人になりたくて焦っている。そんな風にも見えた。

「それに、塾の夏期講習だけだと夜しか飛星に会えないけど、学校の夏期講習に行けば、2週間毎日飛星の顔見れるでしょ」

 もしかして、夏休み中会える日が少なくなっていたことを、ずっと気にしてくれてたのかな?

「そうだね。毎日夕の顔見れるね」
「じゃあ、頑張って通う」
「無理は本当にやめてね?約束!」
「大丈夫だよ。約束ね」

 照れたようにささやく比奈守君と、指切りをした。

 またひとつ、二人の未来に楽しみが増えた。

 どちらかともなく目を合わせ、触れるだけのキスを何度も交わす。

 その日の夜は、他愛ないおしゃべりをし、会話で満たされた心を互いの体で何度も感じ合った。今までで一番、比奈守君のそばにいる。そう思える大切な時間だった。



 ーー翌日。旅館で用意されたバイキング形式の朝食を済ませ、私達は帰路につくこととなった。

 昨日待ち合わせした駅に着くと、名残惜しい気持ちをグッと我慢し、私は帰りの片道切符を二人分買った。

「ここからまた別行動だね。夕は、夜から塾だっけ?」
「……ううん。今日は休み。切符、ありがとう」
「いいよ。このくらいさせて?」

 一日中そばにいたから、よけいに離れがたい。
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