「恋って、認めて。先生」

 今までは、結婚願望がないという理由でお見合い話を拒否してきたけど、今は違う。

「好きな人がいるの」

 私は自然と、そう口にしていた。

 さっき琉生から電話をもらって、今は比奈守君のことを親に話さない方がいいと思ったけど、こうしてお父さん達の顔を直接見たら、そんな気持ちは消えていた。

「お父さん達が私のこと心配してくれてるのは分かってた。今まで反発ばっかりしてごめん。でも、お見合いはできない」

 お父さんとお母さんの機嫌なんて、もう、どうでもいい。私にとって、よく知らない人と結婚するより、比奈守君と過ごすことに言い様のないほど価値があるのだから。

「お父さん達にもいつか話そうと思ってたんだけど、きっかけが無くて……」
「そうだったの!?そんな人がいたのね!」

 それまでピリピリしていたお母さんは一気に機嫌を良くし、お父さんの肩を優しく叩いた。

「良かったわね、あなた。これで治療にも専念できるわ」
「そうだな……」

 お父さんは、前会った時に比べてどことなく老けた気がする。それに、治療ってどういうこと!?

「お父さん、どこか悪いの?」
「大したことはない。胃がちょっとな」
「言われてみれば顔色も悪い気がする……。大丈夫?」

 私の淹れたお茶をゆっくりすするお父さんを横目に、お母さんは深刻な顔で言った。

「お父さんね、しばらく入院することになったのよ。胃潰瘍ですって。その前に、いつまでも独り身でいる飛星にいい人をと思ったの。でも、好きな人がいるなら話は別。無理にお見合いしろなんて言わないわ。その人とは正式にお付き合いしてるんでしょう?」
「うん。付き合ってるよ。ずっと一緒にいたいと思ってる」
「そうなのね。どういう人なの?同じ学校の先生?」

 やっぱり、そう訊かれるんだな……。

 そうだよね。教師は、同僚や他校の先生と親交を深めるのが一般的だもんね。ーーいつか比奈守君に話した「教師の恋愛相手」の話を、思い出す。

「……私の付き合ってる人は……」

 言おうとして、両手が震えた。

 あれだけ親に話すと意気込んでたのが信じられないくらい、私はひるんでしまった。本当のことを話したら、もう、今までのような暮らしは出来ない。そう、直感したから……。


 比奈守君が来たのは、その時だった。

 インターホンが軽やかなメロディーを奏で、彼の来訪を告げる。

「飛星、待たせてごめん。ちょっとコンビニ寄ってきた」

 立ち上がった私につられ、お父さんとお母さんも張りつめた表情で玄関を見つめた。全身が心臓になったみたいに、激しく脈打っている。

「彼が来たみたい」

 私はどうにか平静を保ったものの、これまでにない緊張と大きな不安で喉の奥がカラカラに渇くのを感じた。
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