「恋って、認めて。先生」
さっきまで興奮していたのが信じられないくらい悲しげな表情で、お母さんは静かにつぶやいた。
「親はいつまでも生きていられないのよ。どうしたって子供より先に逝(い)ってしまう。私達にいつ何があってもおかしくない。アンタだってそれくらい分かるでしょう?」
その言葉は、意外なほど深く私の心を貫いた。それまで親への反発心でいっぱいだった私の心は、驚くほど冷静に現実を見つめ始める。
そう。お母さんは高齢出産で私を産んだから、私の同級生の親に比べだいぶ歳を取っている。お父さんもそうだ。
でも、二人はまだこんなに元気だし、大きな病にかかったこともない。町内会の自治会長などにも積極的に立候補するような人達だから、年齢を理由にそこまで先のことを不安に思っているなんて、全く想像もつかなかった。
「比奈守さんにも話しておくけど」
どういうつもりなのか、そう言いお母さんは、身内しか知らないことを比奈守君に話し始めた。
「私達夫婦は長年子供に恵まれなかったのよ。結婚して13年が経って35歳を過ぎた頃、ようやく飛星を授かったの」
「そうだったんですか……」
比奈守君は真面目な顔でお母さんの話に耳を傾けている。
「早朝に飛星を産んで、疲れて眠って、起きたら夜になってたわ……。入院してた病室の窓から夜空を見上げたら、流れ星が2つ3つ見えたの。流れ星を見たのはそれが初めてだった。だからこの子に飛星と名付けたの。この子の誕生を星も一緒に祝福してくれてるんだと思えてね。頭の固い親戚には妙な名前をつけたねって散々言われたけど、そこだけはどうしても譲れなかった」
そうだったんだ……。
自分の名前の本当の由来を、私はこの時初めて知った。かなり衝撃的だった。なぜなら、昔お母さんに質問した時「ああ、画数が良かったから、無難でしょ」と答えられ、それをずっと信じていたからだ。
「結婚してからずっと子供を授かれなくて、まあそういうのは仕方ないことよねって諦めてた時の妊娠だった。毎日涙が出てしまうくらい嬉しかったのよ。絶対幸せな娘に育てるって、私はあの時自分に誓ったの」
お母さんがそんなことを思っていたなんて……。驚きや喜び、戸惑いや切なさ。一言で言い表せない気持ちが満ちて、私は言葉に詰まった。
比奈守君がさっき言っていたようなことを、私もずっと感じていた。私は親の所有物なんだろうなって。だけど、そんな話を聞いてしまったら、親の愛を疑っていた今までの自分が恥ずかしくなった。
「大切なことを話してもらいありがとうございます。さっきは俺も感情的になって言い過ぎました。本当にすみません……」
気まずそうに目線を下げて、比奈守君は話をした。
「その話を聞いて、飛星はお母さん達に愛されてるんだと分かりました。それに、ますます飛星に運命的なものを感じました。俺の名前も、親が空を見て付けたんです」
夕焼け空が綺麗な時間帯に産まれたから夕(せき)と名付けられた、と、比奈守君は語った。
「ホントだ!なんか運命的だね!」
嬉しくなり、私はつい、明るい声で口を挟んでしまう。
比奈守君が夕焼け空で、私は流れ星の夜空。出産の日に母親が見た空の状態が名前の由来だなんて、ロマンチックな共通点だと思った。