「恋って、認めて。先生」

 出来ることなら、こんな風に世間の価値観や風潮を持ち出して相手を丸め込むようなことはしたくない。素直な気持ちだけ話して理解してもらうのが理想だ。でも、そうはいかないのを分かっているから、私はこういうことしか言えない。

「お母さん達の時代と今は違うんだよ。そういうことも分かってほしい……」
「そんなこと、私だって分かっているわよ」

 案外素直な言葉が返ってきてホッとしたのも束の間。お母さんはシビアな現実を口にした。

「アンタの言う通り、女性が社会に出て働くことで結婚や出産の年齢が年々高くなってるわよね。でも、女性の体の造りは太古の昔から変わっていないのよ。高齢出産はしんどい!産んだ後は育児が待ってる。体力勝負よ!経験者だから言ってるの」
「だったらなおさら、年齢なんて関係ないじゃん!お母さんがこなしてきたことでしょ?私にもできるよ!」

 消極的なお母さんの思考を変えるべく、私は明るい声でそんなことを言った。

 関係者の比奈守君を抜いて勝手に将来の話を語ることには申し訳なさを感じたけど、今はどうしても引けなかった。ここでお母さんを説得できなきゃ、全て終わってしまう。そんな気がして……。

「考えなしなところは昔から変わらないわね……」

 ため息をつき、お母さんは言った。

「口で言うほど簡単なことじゃないのよ?出産がしんどいのはもちろん、同世代の母親がいないから孤立するし、親が若くないってだけで子供は子供の世界で肩身が狭くなる。アンタにも心当たりがあるでしょう?」

 ドキッとした。

 お母さんの言う通り、私は昔、親のことでたびたび周囲に突っ込まれることがあった。特に小学生の頃、それは多かった。授業参観の日など、ウチのお母さんを見たクラスの子が、

「飛星ちゃんちっておばあちゃんが来てるの?」

 と、無邪気に尋ねてきたりして、そのたび私は、あれはおばあちゃんじゃなくお母さんなんだと説明すると、ひどく驚かれた。

 なぜ皆そんな勘違いをするんだろう?私はそのたび疑問に思い、かといって特に気にすることもなかったけど、お母さんはその理由にいち早く気付いたらしく、時々安いエステに通うようになった。

「世間体を気にしたんじゃない。女として、母親として、子供にとって恥ずかしくない親でいたかったのよ」
「私は、お母さんのこと恥ずかしいなんて思ったことないよ」
「それはアンタが鈍いからでしょ?」

 悔しいが全く言い返せない。

「普通の親は……。特に女は、いくつになってもそういうことが気になるのよ。子供ができたらよけいにね。私もそうだったもの。アンタに同じ気苦労をさせたくないのよ。若いうちに結婚した方が後々楽なのは自分よ。だから言ってるの」
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